お正月 ≪うみの千鳥・生後 三ヶ月≫  〜一年の計は元旦にあり〜 

 

「あけましておめでとうございます」
イルカが丁寧に頭を下げると、赤ん坊を抱いたままのカカシがこれまた丁寧に応じた。
「あけましておめでとうございます」
そして、二人で顔を見合わせ、くすりと笑う。
「貴女と一緒になって初めてのお正月が親子三人で迎えられるなんて…とても嬉しいで
す」
「あは、オレも。…チドリ、お父さんに抱っこしてもらっててね。イルカ先生、お餅幾つ
食べます?」
夫婦になった今でも、カカシは彼を『イルカ先生』と呼ぶ。
イルカもまた、彼女を結婚前のまま『カカシさん』と呼んでいた。
夫になったからといって、急に態度が大きくなる事も無い。
この夫婦の会話は他人が聞いたらひどく『他人行儀』な堅苦しいものに聞こえるだろうが、
当人達はこれで自然なのだ。
「俺がやりましょうか? カカシさん」
カカシは首を振って、赤ん坊をイルカに抱き取らせた。
「ううん。お雑煮の仕度くらいやらせて。…だって、おせちの大部分作ってくれたのイル
カ先生なんですもん……オレにも少しくらい奥さんらしい事させて下さい」
「だってそりゃ…カカシさんはこの子にお乳やるのに夜中も起きるから睡眠不足でしょう。
休める時に休まなければ身体が持ちませんよ。…無理しておせちなんか作らなくていいん
です。俺は作りたくて作ったんですから、気にしないで下さい」
カカシはうん、と頷いた。
「ありがとうございます。でも、お雑煮の仕度はオレにやらせて下さいね。…大丈夫、ヨ
ネさんにちゃんと教わりました。で、幾つ?」
「そうですね…取りあえず雑煮には二つ。後は腹具合と相談です」
「了解しました」
カカシがやりたいと言うのならしたいようにさせよう。
イルカは片腕で器用に息子を抱きかかえ、もう片方の手でお膳の準備を始めた。
もう三ヶ月になったチドリは、よく眠っている。
近頃はきちんと首も据わってきているので抱くのは楽だった。
日に日に重くなっていく息子は、『成長』を実感させてくれる。
イルカはその寝顔に視線を落とし、微笑んで甘い匂いのする柔らかな頭に軽く唇を寄せた。
「お前は初めてのお正月だな。数えで2歳だぞ」
そして、十年以上前に亡くなった自分の両親を想う。
父と母がこの子を見たら、どんなに喜んだ事だろう。
息子が上忍の嫁をもらった事に驚愕しながらも、彼女を『娘』として可愛がり、この孫を
眼に入れても痛くないほど慈しんだはずだ。
「…お前にはお爺ちゃんとお婆ちゃんがいないんだもんなあ…」
カカシにも両親兄弟がいないから、この子には祖父祖母、叔父叔母、従兄弟といった親族
がまるでいないのである。
そのイルカの呟きをカカシは聞き取ったらしい。
「似たようなのならいるじゃないですか。火影様とか、ヨネさんとか」
「ヨネ婆ちゃんはともかく、火影様をお爺ちゃん代わりにはちょっと…」
イルカが苦笑すると、カカシは笑った。
「オジサンもいますよぉ。アスマはオレの兄さん代わりだったですから。ま、この子にと
って、伯父さんって感じ? 言ったら殴られるかもだけど、オバサンもいますよね」
イルカは首を傾げた。
カカシはぺロッと舌を出す。
「紅おばさま」
イルカはごふ、とむせた。
「……冗談でも彼女にそんな事仰らないで下さいね」
妙齢の女性の中には実の姪甥にも『おばさん』と呼ばせない人がいる事をイルカは知って
いる。
「で〜も。もしもアスマと紅がくっついたら自動的に伯母さんです」
あれ、とイルカは目顔で問うた。
それを受けてカカシが頷く。
「ど〜もアヤシイです。あの二人、付き合ってる感じするんですよね〜」
「もしもそうなら、お似合いですね」
正月早々ワイドショー的話題で盛り上がる夫婦。
イルカの腕の中でぽかっと目を覚ましたチドリが「ぅ〜あ」とあくびをした。
夫婦の関心は瞬く間に息子に移る。
「おー、おっきしたか、チドリ」
「あはは〜まだ眠そう」
もっと育ってみないと結論は出せないが、どうも息子は母親であるカカシに顔立ちが似て
きた気がするな、とイルカは内心喜んでいた。
色彩がイルカ譲りで造作がカカシ譲り。
まさに合作、『愛の結晶』ではないか。
これで才能もカカシに似たら完璧である。
イルカは始めから息子を忍にしようと決めつけているわけではないが、この里で生まれ、
アカデミーの教師を父に持ち、無類の強さを誇る上忍を母に持っている子供が果たして忍
以外の道を選択するだろうか。
イルカ自身、忍である両親の元で育ったが故に他の道など考えた事も無かった。
父のような忍になる。
幼い頃からそう思い決め、当然のように忍術アカデミーに入ってお定まりのコースを辿り、
中忍になり、今の自分となったのだ。
カカシも同様だ。
他の選択肢などなく、忍となった彼女。
チドリが忍の道を選ぶのは今から決まっているようなものだった。
ならば、とイルカは思う。
チドリの為にも彼女の『強さ』がきちんと遺伝しているといい。
優秀な忍は危険な任務が増えるが、生き残る確率もまた高いのだ。
「イルカ先生?」
カカシの声で物思いから引き戻されたイルカは顔を上げた。
「はい?」
「…どうしたんですか? チドリの顔じっと見つめて…何か、おかしいところでも?」
イルカは笑って首を振った。
「…いや、コイツやっぱりカカシさんに似てきたなあ、と思って」
「そーですかあ? 眼の色が貴方に似ているから、オレには貴方に似て見えるけど」
「じゃあ、今度は貴女に色彩の似ている子供になるといいですね」
カカシはぽっと頬を染めた。
「…あの、二人目の…はなし?」
イルカは頷いた。
「俺はこの子を一人っ子にしたくないんですが…もう産むのは嫌ですか? カカシさん」
カカシは赤くなったまま、首を振った。
そして、チドリの頭をそっと撫でる。
「オレね、お腹の中にこの子がいる時からずっと思ってたんだけど……産んで顔を見たら
もォ可愛くて可愛くて可愛くて。自分で産んだ子がこんなに可愛いものだったなんて。…
オレ、イルカ先生の子だったら何人でも欲しい」
そして真顔で言ってのける。
「それに万が一の為にスペアも要るでしょ」
「…スペアって……」
「チドリが無事育つ保証も無いし、ある程度育って忍になっても運悪く任務で死んじゃう
かもでしょ? そんな時もしも他に子供いなかったら辛過ぎるじゃないですか。それにこ
の子の為にも、兄弟がいるのは悪くないと思うし」
カカシは顔を伏せた。
「…このまま、里がオレの写輪眼を封じたままでいさせてくれるとは思えません。…里に
とってのオレは…貴方の妻である前に、この子の母である前に、『写輪眼のカカシ』だから。
…だから、オレはこの子を置いて逝く可能性が高い。…貴方だって忍だ。任務を受ける事
だってあるじゃないですか。そんな時、独りじゃなくて誰かが傍にいれば…この子はやっ
ていけると…そう思うんです」
カカシの言った事は概ねイルカの気持ちにも沿っていた。
「…そうですね…今カカシさんの言った通りです。…俺、両親が逝ってしまった時、何度
も思いましたから。兄がいたら、姉がいたら。弟がいたら、妹がいたら。……きっと支え
合えたのに……と」
イルカの両親も故意に彼を一人っ子にしたわけではない。
イルカを産んだ時、彼の母は身体を損ねてもう子供が産めない身体になってしまったのだ。
それどころか、もう少しで命も落とすところだったらしい。
彼はそれを知っていたから、カカシの出産の時も大袈裟なほど心配した。
「でも、産むのはカカシさんだから。…辛い思いをするのは母親だから…無理はさせたく
ないんです。……二人目、作っていいですか?」
改めて夫に真剣に問われたカカシは眼を瞠ってから思わず笑った。
「…チドリの時は訊かなかったくせに」
「……それは…」
困ったように言い淀むイルカの鼻先にカカシはキスした。
わかっている。
彼らは子供が出来たから結婚『した』のではなく、子供が出来たからこそ結婚も『出来た』
のだ。チドリの命が芽生えなければ二人の結婚も無かった。
おそらくは永遠に。
「今言ったでしょ。…貴方の子なら何人でも欲しいって。…いいですよ。大丈夫、一回経
験して色々勉強したから、今度はヨネさんのお世話になるのは産む時くらいです。…そう
ですねえ…オレが現場に引きずり戻されないうちにとっとと作っちゃいましょうか」
「でも、年子はキツイでしょう」
「んじゃ、来年かな。この子が二つになるかどーかくらいに産む。…うん、いい計画」
イルカの頭の中を、『一年の計は元旦にあり』とか『来年の事を言うと鬼が笑う』とかいう
フレーズがよぎったが、カカシが来年の第二子作りを決定事項にしてしまったらしいので
ここぞとばかりに賛成した。
「そうですね。では、そうなるように努力します。…チドリ〜お前、来年はお兄ちゃんだ
ってさ。楽しみにしてろよ」
その時突然カカシが「あっ」と短く叫んで台所に走って行く。
「うわああ、お餅が大変っ! やだくっつくコゲるっいやーっ」
イルカは苦笑しながら妻の後を追った。
「大丈夫ですか? ああ、ヤケドしますよ」
イルカは子供をカカシに渡して、素手でひょいと金網の上から餅を皿に取った。
「大丈夫、これくらいコゲたうちに入りませんよ。くっついたのも今なら剥がせます」
何て優しくて頼もしいんだろう、イルカ先生は、とカカシは目を潤ませる。
これがアスマだったら、『餅も満足に焼けねえのか』とでも言うだろう。助けてはくれるが、
嫌味もきっちり言うのが『兄貴』というものである。
カカシはそんなアスマとのやり取りも楽しんではいたが、ごく自然に自分をサポートして
くれるイルカの存在は、これ以上ないくらいカカシを安心させてくれた。
「イルカ先生」
呼ばれてイルカは餅剥がし作業の手を止め、顔を上げる。
ちゅ、と唇に甘いキス。
「…大好き」
イルカも微笑んでカカシに軽いキスを返す。
まだまだ新婚さん気分継続中の甘々夫婦であった。
「じゃあ、新年のお祝いしましょうか」

お屠蘇は初めてだというカカシに作法を教え、まだお乳しか飲まないチドリの唇にも形だ
け杯を当ててやる。
そして改めてお互いに新年の挨拶をして、カカシが生まれて初めて作ったという雑煮に口
を付けた。
「美味しいですよ、カカシさん。どんどんお料理が上手くなってきましたね」
「本当? 嬉しい。…イルカ先生がいなかったらチドリにご飯も食べさせてあげられない
ダメお母さんになりたくないから、もっと頑張りますっ! 子供の好きそうなおかず、教
えて下さいね」
「…ええ。一緒に作りましょう」
『一緒に作る』というフレーズから二人とも先刻の『第二子作り』を同時に連想してしま
い、照れて赤くなる。
「お…お願いしますね……あ、あの…この黒豆もイルカ先生が煮たんですよね。すっごい
ふっくらしてて美味しい…」
「それはちょっと自信あるんですよ。でも、御口に合って良かったです。…食事が済んだ
らお参りに行って、それから火影様の処に挨拶に行きましょう」
「あ、そうですね。おヨネさんにも去年のお礼と、ご挨拶しなきゃ。…あの、オレお年始
なんてした事なかったんですが…何か持って行くものですか?」
「そうですね。こういう時は、何かお菓子とかお酒とか…そういうもので良いと思います
よ。そういう物を扱っている店なら、年始客をあてこんで元旦からでも開いていますし」
カカシはしみじみと頷く。
「なるほど〜…オレ、貴方と結婚してからようやっとそういう世間の慣習みたいなものが
わかるようになってきた感じです。今までは正月なんて任務についてるか、年越したのも
気づかないで寝てたかですもんねー。…年越し蕎麦も久し振りでした。先生の処にいる時
は、一応そういうものくらいあったんですが……でも、ああいうのって出前だと思ってた。
イルカ先生が自分でダシとって蕎麦を茹で始めた時は驚いちゃった」
「…俺の作り方だって、手抜きなんですよ」
そしてイルカはカカシの手を取って、愛しそうに両手で包んだ。
「……お正月の過ごし方なんて、人それぞれでいいと思うのですが…白状すれば、俺もこん
なきちんとした正月は久し振りです。俺も独りの時は寝てました。……でも、貴女とチドリ
がいるから…少しでもきちんとしたかった。……これから、こうしてひとつひとつ思い出を
積み上げていくんです。三人で。…もしもこの子の弟か妹が生まれたら四人で」
カカシはうん、と頷いた。
初めてイルカに求愛された時のように胸と鼻先がツンとする。
嬉しくて涙が出る事もイルカと出逢って初めて知った。

カカシに愛を教えてくれた人。
カカシに居場所を与えてくれた人。
カカシに宝物をくれた人。
そしてこれからも、たくさん彼はカカシに「くれる」のだろう。
カカシにとっての『生まれて初めて』を。
カカシは肉親と縁が薄かった。
血の繋がらない保護者は二人ともカカシを置いて逝ってしまった。
人を殺して、殺して、殺して、そしていつか運が尽きた時誰かに殺されて終わる。
そういう人生だと思っていたのに。
ぽろりと涙がこぼれる。
これ以上ない伴侶に恵まれた。
今までと違う人生を、その可能性を見せてくれる男に。

カカシの涙の意味を知ってか、イルカは黙ってその雫を指でぬぐってくれた。
「これからも一緒にいて下さいね、カカシさん」
カカシの言いたかったセリフをイルカが代わりに口にして微笑む。

うみの家の新しい年が始まった。

 

 



 

・・・明るい家族計画(笑)
はいもう、これを本当なら1/1にUPする予定でございましたのよ・・・TT
カカシちゃん、お嫁に来てから初めて尽くしの新婚生活。
さあ、お年玉貰いに行きましょう。
(だから子連れの年始客はイヤがられるんですよね…^^;)

2003/01/09

 

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