想いのたどりつく処 −29
例の、カカシ達を襲った霧の忍の件で里の指示を仰いだ時に、事のあらましは既に三代目に報告したも同然ではあったが、やはりきちんと帰還の報告はしなければならない。 里に帰還した七班一行は、三代目の元に報告に向かった。 三代目は苦笑を浮かべながら、カカシ達を迎えた。 「やれやれ。………どうもお前達は波の国に行くと、厄介事に巻き込まれるようじゃのう。……でもま、皆無事で良かった。…落成式も無事済んだようで、何よりじゃ。………して、カカシ。…どうやら、首尾よく事が運んだようだな?」 カカシは里長に深々と頭を下げる。 「この度は、私の不手際から火影様にも大変なご迷惑とご心配をお掛け致しました。…おかげ様で、奪われたものも無事に取り返す事が出来ました」 うむうむ、と老人は頷いた。 「…正直なところ、わしはもうお前が失ったものは取り戻せんと思っておったよ。………諦めずに頑張った、お前達の粘り勝ちといったところだな。………本当に、良かったのう。………それにしても、面妖な術を使う忍もいるものじゃな………」 カカシは肩を竦める。 「敵が使ったのが写輪眼のような瞳術なら、たぶん取り戻すのは不可能だったでしょうけれどね。………私も随分と敵の術を盗みましたから。その分のしっぺ返しを喰らったとも言えます。…貯めこんでいない家に危険を冒してまで入る泥棒はいないですからね」 千の術を持つ忍と巷で噂されているカカシだからこそ、あの男のターゲットになってしまったのだ。 術をコピーされるだけならまだしも、記憶ごと抜き取られるというのは、まさに忍として殺されたも同然である。 カカシの抵抗によって術が不完全に終わったこと、そしてカカシが人生の大半の記憶を失っても尚、上忍であり続けることが可能な早熟の天才であった為に、『殺されず』に済んだだけのことだ。 サスケは、同じ『眼』を持つ瞳術使いとして、自分も心しておかねばならない事だと肝に銘じていた。写輪眼は便利な眼だが、様々な意味で諸刃の剣だということを、あらためて認識せざるを得ない。 三代目は小さく頷いてから眼を上げた。 「まあ、例の男については、イビキ達が取り調べておる最中じゃ。………七班は、三日の休養の後、一週間の演習。その間、カカシは検査入院を命じる。皆、ご苦労じゃった」 それを退出の合図と取り、カカシとイルカは「では、失礼致します」一礼した。 子供達もそれに倣う。 退出しかけたイルカは、三代目に呼び止められた。 「…それとな、イルカ。今回の件に関しての報告書は明日までで良いからの。報告書の提出が済んだら、お前も二日の休養を取りなさい。…アカデミーが気になるだろうが、お前も疲労の溜まった顔をしておる。…ちゃんと、十分に身体を休めるのだぞ、良いな?」 「………はい、火影様。ありがとうございます」 もう一度会釈し、イルカは扉を閉めた。 「さて、そう言う事だから。…お前達もお疲れ様。今日はもう、帰っていいぞ。環先生には、俺から連絡しておくから。演習に備えて、しっかり休んでおけよ」 イルカの目配せにカカシはゴホンと軽く咳払いをした。 「えーと………ま、今回はナンだ………お前さん達にも色々と心配させたし、迷惑も掛けたな。…スマン。それから、ありがとう。………おかげで、オレも無事に元に戻れたし。…今度、皆に感謝の気持ちをこめて、何かおごるから。………じゃ、本当にお疲れ。…解散!」 お疲れ様でしたーっ! と子供達も一礼した。 サクラとナルトは嬉しそうにニコニコと手を振りながら帰っていく。 「せんせ達も、ゆっくり休んでね! お大事に!」 「オレ、一楽スペシャルがいいってばよ、カカシ先生! 楽しみにしてんね!」 サスケは、仲間二人ほど態度には出さなかったが、それでも何となく表情に安心感が漂っていた。やはり、何だかんだ言ってもカカシが記憶を失ったままでは、心地が悪かったのだろう。 「ああ、みんな気をつけてな」 子供達を見送ってから、カカシとイルカは一緒に歩き出した。 「………それにしても。検査入院なんて、必要ないのに………あのジイ様」 ぶちぶちと文句を言うカカシを、イルカは宥める。 「まあ、三代目も貴方が心配なのでしょうけど………十日は長いですね。…一度、石榴先生にご挨拶して、一通りの検査をして何も異常が無ければ、そんなに入院する必要は無いと思います。自宅療養でいいんじゃないかと。…おそらく、先生もそう仰ってくださるでしょう。………仰ってくださらなければ、俺からそうお願いします」 カカシは潤んだ眼でイルカを見上げた。 「ありがとうございます〜。やっぱ、頼りになります、イルカ先生!」 いえいえ、とイルカは首を振った。 「記憶の戻った貴方と、そんなに引き離されるのは俺にとっても拷問ですから。………カカシさん、石榴先生の所に行く前に、チドリに会いに行くでしょう?」 カカシは勢い込んで頷いた。 「もっちろんです! 実のトコ、報告よりも先に行きたかったくらいですっ! ………あ、そうだ。………紅とアスマって、今、里にいますかね? あの二人にも、御礼言わないと。…随分、心配も掛けたし………」 特に、紅には随分世話になってしまった。きっと彼女は、我が事のように喜んでくれるだろう。 「………カカシさんは、いいご友人をお持ちですね。…今回の件で、改めてそう思いました。………俺達が一緒になる時もそうでしたが……貴方の為に心を砕いて、力になろうとしてくださる」 はい、とカカシは微笑んだ。 「オレなんか、とっくに見放されても不思議じゃないのに………すっごく、ありがたいです」 「でも、あの方々が貴方の力を必要とされる時は、貴方もきちんと応えようとなさるんじゃないですか?」 「もちろんです。オレに出来る限りの事をします。…全力で」 イルカも微笑む。 「それで、いいんじゃないでしょうか。………してもらった方が、それを『当たり前のこと』とせずに、感謝の心を持っていれば。………人と人って、そういう風に繋がっているのだと思います」 カカシはクスクス、と笑った。 「そうですねー。………オレは、アナタにもいっつも感謝してますよー。愛されて当たり前だなんて、思えませんもん」 イルカの目許が赤らんだ。 「それは俺も………ですが。その…俺の気持ちを受け入れてくださって、ありがとう………と言うか………」 カカシの表情が微妙に曇る。 「………嫌です。そういう言い方。…オレの方が偉いみたいで。こういう事に、忍の階級は関係ないでしょう?」 ええ、とイルカは頷く。 「ですから、これは男として、惚れた相手にしている感謝ですよ。貴方に出逢わせてくれた、天にも」 カカシは急に歩調を速めて、ずんずん先に歩き出す。 驚いたイルカは、小走りで彼女を追いかけた。 「どうしたんですか、カカシさん」 カカシは首を振る。耳が真っ赤になっていた。 「………………いやっ…もう………っ! ………イルカ先生ったら恥ずかしい………」 思わず足を止めてしまったイルカを残し、カカシはとっとと先に歩いていく。 そんな彼女の背中を見ながら、イルカは小さく呟いた。 「………先に言ったのは、貴方の方なんですけどね」 イルカにとっては、あれほど望んで得た妻だ。当然、愛しくてたまらない。夫婦になって、更にその気持ちは強く、深いものになっていった。 ―――たとえ、彼女が自分を忘れてしまっても、だ。 好意を向けてくれるどころか、相手からあからさまに拒絶されるのは辛いものだ。 それに、一方的過ぎる愛は迷惑にしかならない場合もある。 それでも、おそらくイルカは彼女への想いを断ち切ることは出来ないだろう。 今回だって、彼女の事が心配で、心配で。 距離を置かなければと思いつつも、結局は接触してしまっていた。 (………危ないな。一歩間違えたら、ただのストーカーだぞ、俺) その考えに一人で苦笑を浮かべる。 そして、『もしも』をふと考えた。 (………逆に俺がもし、記憶を失ったとしたら………また、彼女に惚れるんだろうか?) 断言は出来ないが、たぶんそうなると自分で思う。 どんなに回り道をしても、たどりつくのはきっと………――― イルカは、カカシの後を追ってゆっくりと歩き出した。
(2007/10/17〜08/7/17) |
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END