割れ鍋にとじ蓋  =『言葉にできない』 おまけSS=

 

 カカシ編

ここ一ヶ月近く、オレはチドリと二人きりだった。
結婚以来こんなに長い間離れ離れになっていた事なんかなかったっていう今回のイルカ先
生の任務中、さらにその任務で負傷した彼の脚の治療期間中、オレは例の『サスケの指導』
は休ませてもらっていたから。
だってね、やっぱりオレが託児所にあの子を預けに行くの…まだ何となくマズイような気
がして…託児所の先生は、一度オレとも話をしたいらしいんだけどねー…う〜ん、つまり
オレはそういうのがちょっと気が重いんだな。
何をどう話したらいいのかわかんないし〜…―――ってのはともかく、イルカ先生が一昨
日退院したんで、オレ今日は久々に7班の任務に同行したんだよね。
骨折した割に早い退院だって? そりゃアンタ、里の治療技術と忍の回復力をナメてもら
っちゃ困る。イルカ先生は元々頑丈な人だし。
でもまだイルカ先生アカデミーは休んでいるから、今日は彼がチドリと二人きり。
―――チドリ、動くようになっちゃたから、イルカ先生も大変だったんじゃないかなあ…
…早く帰ってあげなきゃ。
あ、そうそう…何か出来合いの惣菜でも買ってっちゃおうかな…夕食のおかずの足しに。
きっと、イルカ先生もお料理どころじゃないはずだし。


―――って思ったのに、何だこれ。
なんてマメなんだイルカ先生ってば! 病み上がりのクセに……
オレがいない間に庭の手入れ、洗濯、そうじ。大人しくしてなきゃいけないってのにまあ
あきれるほど働いていた。
そして、ご飯の炊けるいい匂い……
チドリ、誰かに預けちゃったのかな。…まさかオレでもやらなかった『眠り』の術でも使
ったんじゃ…―――
「ただいま戻りましたー…」
オレは急いで家の中に入る。
「ああ、お帰りなさい、カカシさん」
台所ではイルカ先生がキャベツをきざんでいた。
その彼の姿を見たオレはもう少しでボタ、とコロッケの包みを落とす所だった。
「……………う…」
―――…そうか。
その手があった…んだ……………
「どうかしましたか? 久し振りの任務で疲れました?」
ああ、優しい優しいオレのダンナ様……の背中には、紐で括りつけられた可愛い我が子が
ご機嫌で指をしゃぶっていて―――
そう、おんぶ。
おんぶだったんだよ。
おんぶして、落ちないように紐で固定すりゃハイハイでどっか行っちゃうコトもないしっ
…両手空くから家事も出来るじゃないのよ。
うが〜〜〜…っ! オレってばマジ要領悪過ぎ…っ…つーかただのバカ…?
大マヌケだ…泣いちゃおうかなーもー……これで上忍だってさー…はははー…
「カカシさん? お顔の色が…大丈夫ですか?」
オレにはただ首を振る事しか出来ない。
ああ、おヨネさんに相談していりゃきっとすぐに教えてくれただろうに。
幸か不幸か彼女が来てくれた時、チドリはとってもいい子でお昼寝してて―――…
「…大丈夫です……今ちょっとね…オノレの愚かさ加減に落ち込んでいただけです…」
「は?」
「いや、何でもないです……あー、ゴハン作ってくれてたんですね〜…嬉しいです〜でも
あんまり無理しないでくださいね。…あのこれ、おかずの足しに…」
イルカ先生はにこっと笑ってコロッケを受け取り、何故かオレの頭をよしよし、と撫でて
くれた。
「俺はもう平気です。カカシさん、今日は久々の指導で大変だったんでしょう。お疲れ様。
…おかず、ありがとう。嬉しいですよ。気を遣って下さったんですね」
オレは何だかもう笑うしかなかった。
「イルカ先生もしょっちゅうおみやげ買ってきてくれるでしょ? 真似っこです」
―――ああ、あの幅の広い柔らかそうな紐…あれならチドリも痛がらないだろう…
今度からああすりゃ良いんだ。
オレはまたひとつ学習した。世間一般の子育てというものを。

それにしてもオレのダンナ様はまたミョーに似合うね、ああいうおんぶ姿……v(笑)


 

 イルカ編

俺が大ドジ踏んで『行方不明』になり、カカシさんに見つけてもらって九死に一生を得た
のは一昨日の事。
一昨日は俺の誕生日だった。
どうやら今年の誕生日は忘れられない日になったようだ―――というのはともかく。
昨日の俺は我ながら少しおかしかった。
カカシさんが欲しかったのは―――まあ、これは二週間も逢ってなかった愛しい彼女への
当然の衝動だけど。
でも、普段のオレなら、場所や自分の状態を考えて抑えるはずだ。
カカシさんは恥ずかしがってたし、俺の体調だって好いとは言えない状態で。
なのに俺は自制が効かなかった。
「…どうしてなんだ……」
病院の白い天井を見上げて呟いた俺の独り言を聞きとって、カカシさんが枕元まで来てく
れた。
「何? 何か欲しいんですか? イルカ先生」
個室には看護人用の簡易ベッドがあったので、彼女は夕べ此処に泊まってくれたのだ。
俺はいいえ、と首を振る。
「…何でもありません」
カカシさんは「ん?」と優しい笑顔を浮かべて小首を傾げ、俺の顔を覗き込む。
ああ、なんて可愛いんだろう……こんなに可愛いんだから、夕べ俺の自制心が役立たずだ
ったのは仕方ない―――のだろうか、やっぱり。
カカシさんの細い指先がつん、と俺の眉間を軽く突く。
「…こんなトコに縦皺寄せて。何でもなくはないでしょ? 脚、痛むんじゃないですか?」
「いや、脚は平気です。……あの、カカシさん……」
「はい」
「………夕べは、すみませんでした…その…俺…」
カカシさんは少し目を見開いてから悪戯っぽく笑った。
「あー、何だ。夕べの事気にしてたの? せんせ」
「ええ…まあ…その、何だか俺、自分でもよくわからないけど変だった…ような…貴女に
対する欲求は抑えられなかったし何だかその、妙な事しちゃった気もするし…」
俺のしどもどした言葉に、カカシさんはあっさりと頷いた。
「ええ、夕べはすこーし、変だったですね、イルカ先生」
うわわ。
「ああ、やっぱり…すみません…」
カカシさんは謝る俺の頭を、よしよし、と撫でてくれる。
「昨日はね…仕方ないって言うか。…まあ、あの程度の『変』で済んで、良かったですよ」
「は?」
―――仕方ない? あの程度の『変』?
「……イルカ先生、お忘れですか? アナタ、今回兵糧丸を立て続けに服用したでしょう。
一昨日、崖下で気を失う前にご自分でそう言ったじゃないですか」
「―――ああっ! そう言えばっ……」
俺はいっぺんに目が覚めた心地だった。
そうだ、そうだったんだ……あれは覚醒剤的な成分とかも含まれていて強い薬だから……
通常は間を空けて服用する。
立て続けに服用した場合、人によっては幻覚を見たり、精神状態が不安定になるので危険
だからだ。
俺は、何とか生き延びたい一心で、あの時口に入れられる唯一の回復剤としてあれを――
「思い出されたようですね。病院の方に報告して、一応処置はしてもらいましたが……副
作用がまだ昨日は残っていたようでしたよ、イルカ先生。ご自分では普通のおつもりだっ
たでしょうし、傍目でもそうおかしくは見えなかったけど……用心深いアナタが、昨日は
ナルトのいる前でオレをカカシ、と呼んでしまっていたし…まあ、ナルトはケーキを食う
方に集中してて気づかなかったようでしたが……」
普段と比較すれば充分変でした、とカカシさんは笑っている。
「……お、覚えていません…俺はそんな迂闊な事を……い、いつ……」
「皆がいる前でオレに『愛してます』ってぶちかました時ですよ」
「うわあっ」
俺は頭を抱えてしまった。
そういえばそんな事も言ったような…っ…うわ、恥ずかしい。
昨日はそれが全然おかしい事にも思えなかったのに、今思い返すと赤面ものだ。
あー、そういやそれがキッカケでサクラ達を追い出しちまったようなものだったんだ……
う〜ん、悪い事をした…まあ、正直サスケは追い出したかったよーな気もするが。
あいつ、どうもカカシさんを見る眼がアヤシイような気がして……俺の勘繰りかもしれん
が、何せカカシさんは綺麗で可愛いし……いや、その―――
いかん…サスケは元生徒で、しかも見舞いに来てくれたってぇのに。
でも、そうだったのか―――自分自身の言動に関する違和感の正体は。
俺の『副作用』は自分の我がままを抑えられない、という形で出たらしい。
なんという情けなさ。
「オレ、あの薬を連続使用したヤツがひどい副作用起こすの見た事あるから、実は心配だ
ったんですよ。―――アナタは精神力が強かったから、あの程度で済んだんですね。……
さすがはオレのイルカ先生」
カカシさんはオレの頭を抱いて慰めるように額にキスしてくれた。
だが、俺の自己嫌悪は当分消えないだろう。要するに、俺はまだまだ未熟者なのだ。
「―――すみません…でした…」
「だから、謝らなくていいんですよ。……だってね、オレも夕べはアナタが無事でオレの
所に戻って来てくれたの嬉しくて…その、だ……抱いて…欲しかったし…」
ぽぉっと頬を桜色に染めるカカシさんがヤケに色っぽい。……と、いかん! 今反省した
ばかりだろうが! 普段から自分自身をもっと律するように心掛けるんだ。
精神力で何とかなるというのなら、気合を入れて頑張ろう!
もっとオノレを鍛え、兵糧丸ごときに負けないように。修行だ、うみのイルカ!

それにしてもなんて可愛いんだろう俺の奥さんは………笑顔絶品。
―――夜になったら『修行』は中断してもいいかな、などと考えてしまう辺り、俺もいい
加減ダメな男かもしれない。

 



 

おまけというか、フォローSS。(笑)
カカシさんの方は退院後。イルカせんせの方は入院中で、時間が前後
してますが。
こういう蛇足的な物を書かないでもいいSSを書かなきゃですわ。
「らしくない」イルカ先生の言い訳話でした。はっはっは。・・・TT
ついでにカカシさんのサイドも書いてみたりして。
まあ、誰でも『ヌケ』てしまう時もあるってコトで。
妙な所がドジな似た者夫婦でございました。ぱぱんがぱん★

2003/6/3

 

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