はじめの一歩−6

 

どうしたのだろう、と怪訝そうにざわめく祝い客の前に、イルカだけが再び姿を現した。
「どうも、失礼致しました。新婦は少し疲れが出まして…今、休ませて頂いております。
皆様はどうぞ、この婚礼を一緒に祝って下さい」
酒や食べ物、菓子が振舞われ、慣習の『福分け』も惜しみなく配られる。
「イルカせんせーい! おめでとー!」
「おう、サクラか。…ありがとな、来てくれて」
「ねえね、お嫁さん…大丈夫?」
「ああ。…少し、疲れただけだ。あまり人前に出るの、慣れてない人だし」
サクラはふうん、と首を傾げる。
「イルカせんせー、カッコイイよー。そういうの、似合うね。…ねえ、さっきちらっとお嫁
さん見た。すっごいキレイな人ねー」
「…ああ、ありがとう…サクラも大きくなったらきっと綺麗になるな。先生、サクラの花
嫁姿楽しみだよ」
「やっだなー、もお! 今日は先生の結婚式なんだからー、私に気を遣わなくていいん
だってば!」
サクラの方が照れて、ばしんとイルカを叩く。
「いってーな、サクラ〜…」
「ごめ〜ん…」
そこへ、ナルト達もわやわやと駆けつける。
「おめでとーだってばよ! イルカせんせー!」
「…おめでとう、先生」
ナルトは満面の笑顔で、サスケはぶっきらぼうに、それぞれ祝いを口にする。
「わざわざ来てくれて、ありがとな、お前ら。あっちに食いモンとかあるから、遠慮しな
いで食っていけよ。早く行かねえとなくなるぞ」
イルカに促された男の子達は、用意された立食の卓に向かう。
「サクラは行かないのか? お前、また変なダイエットしてんじゃないだろうな。成長期
なんだから食えって言ってるだろ? いつも」
サクラは首を振って、もじもじと指先をいじった。
「…違うわよお。…ねえ、あたしお嫁さんのお見舞いに行っちゃだめ?」
サクラは、近くで『花嫁』の顔を見たいのだろう。
そう悟ったイルカは苦笑してサクラの頭にポンと手を置いた。
「…気持ちはありがたいけどな、今は静かに休ませてあげたいんだ…」
「うん…そうよね…」
彼女が妊娠中なのを知っているサクラは、すぐに納得したようだ。
「ほら、サクラも何か食って来い。任務帰りで腹減ってるだろ? サクラの好きな果物の
寒天寄せとか、白玉団子もあったぞ」
「うん、わかった。じゃあ、お見舞いはまた今度ね」
サクラがナルト達の方に駆けて行くと、今度はアカデミーや受付の同僚達がわっとイルカ
を囲んだ。
もう振舞い酒で出来上がっている者もいる。
「こんのやろー…何時の間にあんな別嬪さんつかまえたんだよー…」
「猿飛上忍の親戚か何かか? 彼女」
「ちっくしょー! 絶対お前は俺より嫁さん貰うの遅いと思ってたのに〜〜〜〜!」
イルカは誰かにヘッドロックをかけられ、頭を小突かれ、祝福とやっかみでグチャグチャ
にされかけていた。
「いていてっ…やめろよ、もお〜〜〜勘弁してくれって〜…」
「馬鹿者ぉ! あんな美人がお前のものかと思ったら殴らずにいられるかーっ…」
「そーだそーだ! 一発殴らせろっ」
「滅茶苦茶なコト言うなーっ」
半泣きのイルカ。
さもあらん、彼を取り囲んで小突き回している連中は皆、中忍である。
戦闘のプロである以上、加減をしていても物凄い威力があった。祝福というより既にイ
ジメである。
「ハイハイ、ホラ、もうそれくらいにしておきなさい。…花婿さんがボロボロになったら
お嫁さんがびっくりするでしょうが」
イジメられているイルカを、誰かがひょいと引っ張り出して助けてくれた。
『余計な事』をしたその人物を見てぎょっとしたのは、中忍達だけではない。
イルカも思わず声を上げそうになる。
「…あ…はたけ上忍…っ!」
「ま、あんたらの気持ちはオレもわかるけどねー…つい、ぶん殴りたくなっちゃうよねえ、
こういう果報者見ると」
突然現れた『はたけカカシ』は、にっこり笑うとガシッとイルカの肩を抱いた。
「おめでとう、イルカ先生! 友人としてすっごく嬉しいですよ!!」
そしてイルカの耳元で彼にだけ聞こえるように小さく囁く。
私よ、紅。…合わせなさい、イルカ先生
この『カカシ』が紅の変化だとわかったイルカは、彼女の意図を汲み取り、合わせた。
「わざわざお忙しい所、ありがとうございます、カカシさん。いらして下さって、嬉しい
です」
「いえいえ、他ならぬイルカ先生の晴れの日、万難排除して伺っちゃいますよ」
わざわざ紅が『カカシ』のフリをして姿を見せた意味。
やはり、忍としてのカカシは『男』で通さねばならない、と言う事だ。
「オレ、明日から長期任務でね…里を離れますから。しばらくお会い出来ません。…その
前にお祝いが言えて、良かったです。…お幸せに」
「…そう…ですか。…御気を…つけて…」
その正体が紅であるとわかっていても、カカシの姿、その声で別れのような事を言われた
イルカの胸は、本当にきゅう、と痛んだ。
「あのコは、オレにとっても妹みたいなモンです。…幸せに、してやって下さい」
イルカはハッと顔を上げる。
口調はカカシ。だが、語られた内容は、紅の本当の気持ちだろう。
イルカは大きく頷いた。
「はいっ!」
『カカシ』はにこっと微笑むと、イルカの肩をパンパン、と叩いた。
「じゃ、オレはこの辺で。…皆さん、祝福はお手柔らかにね。この人のヨメさんは結構怖
いよ。大事な亭主、傷つけられたらきっと怒り狂うから。…そーなったらオレでもアスマ
でも止められないからねー。命が惜しかったらあんまりイルカ先生イジメないようにね。
―――つう事でひとつヨロシク。じゃっ」
『カカシ』は現れた時同様、あっと言う間に姿を消してしまった。
後に残されたのは茫然としたイルカと同僚達。
同僚の一人が、やっと、と言った風に口を開いた。
「……イルカ…お前、ホントにどんな女を嫁さんにしたんだ…?」



控え室では。
カカシがぐったりと長椅子に身体を預けていた。
「…やっぱ、疲れた…」
「イルカが気を利かせてくれて良かったな、カカシ」
アスマは癖で懐から煙草を取り出しかけて、やめた。
それを目の端で見ていたカカシは苦笑する。
「…いいのに。…吸えば? 少しくらい、大丈夫だよ」
「バカ野郎。妊婦の前で吸えるかよ」
お茶をいれていたヨネが頷く。
「いい心掛けでございますよ、アスマ様。さ、お茶でもどうぞ」
「おう、すまんな」
「…火影様は?」
ここまでついて来てくれた火影は、いつの間にか姿を消している。
「旦那様は、イルカちゃんの様子を見にいらっしゃいましたよ。…うみの様の代わりに、
見届けなさるおつもりでしょう…あの子の晴れの日を」
「そう…」
その時、フッと室内に人影が現れる。
『カカシ』だった。
ふふっと『カカシ』が笑う。
「見てたわよ、カカシ。おめでと、綺麗よ、本当に」
「紅っ」
カカシはすぐに自分の姿を模した人物を見分けた。
「……この格好で、イルカ先生にお祝い言って来たわ。皆のいる前で。…ついでに、長期
任務で明日からいなくなるって宣言してきた。…それでいいわね? アスマ」
ぼぅん、と紅は変化を解いた。
「そうだな…ご苦労さん」
カカシは身体を起こし、紅の手を取った。
「ごめんね…ありがとう、紅…」
「あら、どういたしまして。皆さんの前でイルカせんせにキスしてきちゃったしー♪ いいの
よん、これくらい」
カカシが目を見開く。
「ウソーっ!!」
「あ、ウソウソ。してない、してない」
「ウソだーっ! したんだーっっ…ひどいー…紅のバカ〜…」
「ホホホ、…してないわよ」
紅が否定すればするほど、嘘っぽく見える。
「…してませんよ、カカシさん…」
控え室の戸口にイルカが疲れた様子で寄り掛かっていた。
「イルカ先生っ」
カカシはぱっと顔を明るくして戸口を振り返る。
「紅さん、先程はありがとうございました。…大丈夫ですか? カカシさん」
「はい、休んだからだいぶいいです」
カカシはまだ疑わしげにイルカを見上げる。
「…ホントに紅、先生にキスしなかった…?」
「そんな事なさいませんよ…ただ…」
「ただ?」
「…俺の嫁さんは一旦怒るとカカシさんにもアスマさんにも止められない怖い人だと俺の
同僚連中に仰っただけです」
カカシはきょとんとして紅を見た。
「…何でそんな事…?」
「あら、だあって…イルカちゃんたら手荒い祝福の集中攻撃でフクロにされかかってたん
ですもの。ホラ、よく見てごらん。彼、あっちこっちアザだらけだから。放っておいたら、
今頃顔が変形してたかも。…イヤでしょ? そんなの。だからイルカちゃんをイジメない
方が身の為よって教えてあげたのよ」
カカシはユラリと立ち上がった。
「…紅、覚えているよねえ……そいつらのツラ…」
「まあね」
カカシはフフフ、と低く笑う。
「教えて」
ギョッとしたイルカが慌ててカカシの肩に手を置いて座らせようとする。
「カ、カカシさん。まだ休んでいなきゃ…何をする気なんです」
「……そいつら、ボコる」
花嫁さんは凶暴に唸った。
「オレのイルカ先生に手を出したらどう言う事になるか、しっかりと体に覚えさせる!」
いくらカカシが妊娠していて普段通りの体調でなくとも。
本気の上忍に敵う中忍などいない。
イルカはさあっと血の気が引くのを感じた。
アスマはソッポを向いて、我関せずの姿勢だ。
紅は無責任にホホホ、と笑う。
「ホラね〜。あたし、嘘言ってないわよ〜」
「まあまあ、お元気が出ましたわねえ、カカシ様。良かった事」
暢気に笑う女達に、イルカは泣きそうな心境になる。
「紅さんっヨネ婆ちゃんっ…ああもう…カカシさん、俺は大丈夫ですから。あいつら、俺
がもの凄く綺麗な嫁さん貰ったんでやっかんだだけなんですよ!」
カカシは眼をぱちくりさせた。
「綺麗な嫁さん…?」
そして自分を指差す。
「……それって…オレの事?」
「そうですよ。貴女、火影様に挨拶する時、少しだけ顔を見せたでしょう。…あいつら、
それ見てて…それで、羨ましがって少し手荒なお祝いをくれただけです」
「………そう…なんですか?」
イルカはホッとして頷いた。
「ええ。だから、座って…」
カカシを長椅子に座らせようとした拍子に、するりとイルカの着物の袖が肘まで落ちる。
腕に、くっきりと酷いアザが幾つも浮かび上がっていた。
それを見てしまったカカシの眼は再び剣呑になる。
「……やっぱ、許せん……」
いきなりカカシは指を噛み切って印を切ると、横にいたアスマの背に血の付いた指を叩き
つけた。
「口寄せっ!!」
ぼぅん、とアスマの背にカカシの忍犬が現れる。
「カカシ! てめえ人のカラダ使って口寄せなんざすんなっ! 気色悪いっ」
わめくアスマを無視して、カカシは忍犬に命じた。
「イルカ先生に悪さした野郎どもの匂いを辿れ! 確定できたら殺さない程度にお灸を据
えて来い。行け!」
忍犬はイルカのケガ周辺の匂いを素早く嗅ぎ、あっと言う間に姿を消した。
我に返ったイルカは、悲痛な声を上げる。
「カカシさんっ何て事を…っ…と、止めて下さい…っ」
カカシはしれっと横を向いて椅子に腰を下ろした。
「そんなに心配しなくても大丈夫です。…そこら辺の加減はちゃんと判断して出来るコを
呼びました。…そこらの人間より余程頭いいですよ」
「そ、そういう問題じゃ…ア、アスマさん、紅さん…っ止めて下さいよっ」
紅は、ヨネのいれたお茶をのんびり啜る。
「…だから言ったじゃない…カカシを怒らせたら、あたしにもアスマにも止められないっ
て。…ねえ、アスマ」
「…だな」
イルカはヒクッと頬を引き攣らせた。
「そ、そんな…」
「だから、アナタの傷相応の報復しかしません。…大丈夫です」
「…ホントに?」
イルカに幾分不審げな視線を向けられたカカシは小さく肩を竦めた。
「…………たぶん」
イルカは黙って控え室を飛び出して行った。
「…行ってどうなるもんでもなかろうに…ご苦労なこった…」
アスマはやれやれ、とため息をつき、カカシの頭をこつんと小突いた。
「お前もあんまり無茶すんなよ」
真っ白な花嫁衣裳の、綺麗なお嫁さんはにっこりと無邪気な笑みを浮かべる。
「……オレ、自分の亭主イジメたヤツ放っておくほど寛容じゃないもん。…アスマも覚え
といてね」
ヨネは一向に動じず、食事を摂り損なっている新郎新婦の為に軽食の支度をしている。
「イルカちゃんもさっさと帰ってくればよろしいのに。やっかみで人を殴るような方々の
心配など無用ですのにねえ。本当に優しい子だから…」
「そこが彼のいい所なの。ヨネさん」
「そうですね、カカシ様」
アスマは呆れたように呟いた。
「…イルカのヤツ、やっぱ早まったんじゃねえか? …こんなんヨメにして…」
ぎろりと睨む花嫁。
「何か言った? アスマ」
「………別に」

その頃、イルカは懸命に妻の忍犬を追うという無駄な努力の真っ最中であった。

イルカとカカシ、前途多難(?)の新婚生活、始めの一歩はこうして幕を揚げたのである。

 

 



 

めでたしめでたし。
・・・なんだろうか? 問題がまだ結構
残っている気がします。
青菜的にすっきりさせておきたい部分
がありますので、後始末的なものを後で
UPしますね。

ですが、「はじめの一歩」はひとまず
ここまで。お疲れ様でしたv

2002/5/11〜8/22(完結)

 

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