ゴッドファーザー
困っておるようにの、見えたんだわ。 遠目にもイイ女が、どう見ても知り合いではなさそうな野郎どもに囲まれている。 これは一肌脱がねば男がすたるというものだろう? まあ、実際助けてみれば、余計なお世話だったのだが。 ワシが、そのタチの悪そうな野郎どもを追い払ってやると、女は驚いたようにワシを見上 げてきた。 「……自来也さま…」 おお? ワシを知っておるとは何処のおなご………んん? この眼は……… 「……おぬし……まさか…」 女はにっこりと微笑んだ。 「お久し振りです、自来也さま」 こりゃあたまげた。 「……やはり、カカシか」 いつカミングアウト……『女』に戻ったのだろう。いや、『戻れた』のだろうか。 元から性別が女なのは知っとったが、ワシの知るコヤツは『男』だった。 そりゃあもう完璧に何処から見ても男。それも、どんなに美形だと知っておっても、この ワシがこれっぽっちも勃たねえほどの色気の無いガキだったのだが。 驚いた。女は変わるというのは本当だのう……今は亡き四代目が拾った当時は色が白いだ けのガリガリの猿は、年月を経て目を瞠るような美女に成長していた。 まるで、芋虫が艶やかな蝶に変化したかのように。 「…キレイになったのぉ、カカシ」 カカシは指を唇にあてて、小さく首を振る。 「申し訳ありませんが、自来也さま。…オレの名前を大きな声でおっしゃらないでくださ いますか?」 カカシは悪戯っぽく微笑む。 「お時間はありますか? 自来也さま。お話したいことがあるのですが」 男自来也、美女のお誘いは断ったためしが無い。 まだ時刻は昼になったばかり。久々の帰郷で、猿飛のセンセイには挨拶しておかねばマズ イだろうが、これは夕方でもかまうまい。 「おうよ。…メシでもどうじゃ? おごるぞ」 「はい。ありがとうございます」 カカシは口元に手を当てて慎み深そうな仕草で微笑った。……まるで、クナイなど持った 事もない普通の女のように。 女連れで入ってもおかしくない小奇麗な料理屋で、ワシはカカシと向かい合った。 カカシは丁寧に頭を下げる。 「……改めまして、お久しゅうございます、自来也さま。いつお戻りになられたのですか?」 ワシはここ数年木ノ葉には寄りついていなかった。彼女が久し振りだと言うのも当然だ。 「実は、戻ったばかりだわ。……久々の木ノ葉の街並みを見物しておったら、何やら美女 がチンピラに絡まれておるのが目に入ってのぉ……ま、余計なお世話だったかの?」 昼間から酒を飲むわけにもいかず、熱いほうじ茶を飲みながらチラリと眼をあげると、カ カシは微笑んで首を振った。 「いいえ、ありがとうございました。…実際、困っておりましたので助かりました。あん な奴ら、ぶっ飛ばすのは簡単なんですが……この姿でソレやっちゃうとマズイんですよ。 ……それに今はあまり暴れられない事情もありまして」 カカシは忍服を着ていなかった。ゆったりとした丈の女物の服を着て、長めに伸ばした前 髪で顔の左側をカバーしている。よくよく見れば、写輪眼があるはずの左眼は閉ざされて いた。 「……お前、忍を辞めたわけではないのだな?」 「ええ。辞めてはおりませんよ。……休暇中ではありますが」 そこでカカシはこっそりと声を落とした。 「実は、産休中なんです」 ワシはもう少しで茶を噴くところだった。 「はあ?」 カカシは左の手を見せる。………薬指に指輪。 「………まさかとは思うが………お前………結婚した…のか?」 カカシはポッと桜色に頬を染めた。 「二年前に結婚しました。…自来也さま、全然木ノ葉にお戻りにならないからご報告も出 来ませんでしたが……実はこのお腹の子で二人目です」 ―――よく、天変地異が起きなかったものだ。 コイツを嫁にしようという奇特な男が四代目以外にもいたとは。 あれはまだカカシが中忍になったばかり(つまり、ガキの頃だ)の事だったか。 まだ女として取り返しがつくと思ったワシは、それとなくカカシの養い親である自分の弟 子(つまり、後の四代目だ)に水を向けてみたことがある。 元々の造りは良いのだ。女としての自覚さえカカシが持てれば、後は教育次第。磨けばど れほどの美しい娘に育つやら。勿体ないとは思わぬのかと。 それに対し奴は涼しげな顔でこう返してきた。 「カカシが可愛いのは私が一番よく知っております。長じれば、艶やかな美女になろうと いうことも。…だから、妙な虫を寄せ付けない為にも、今はこのまま忍としての技量を身 につけさせた方がいいんです」 「…だが、あの無自覚っぷりは凄いぞ。自分を女だとは思っておらぬ様子。あれでは将来、 嫁の貰い手など…」 四代目火影となる男は、またもや涼しげな顔で答えた。 「なら、私に嫁げば良いのです」 ……つまり。 あの野郎は未来の花嫁を育てていたのだ。何食わぬ顔で。 四代目が逝ってしまった時のカカシの落胆振りからして、カカシの方も(まだ異性として 意識していたわけではなかろうが)奴を好きだっただろう事はわかる。 きっと、嫁に来いと言えば、この子は二つ返事で嫁いだだろう。 いや、この子が継いでしまった『写輪眼』の能力を考えても、四代目以外にこの子をその 運命ごと護りきる胆力のある男など考えられない。―――そう、思っておった。 「……よく、三代目……いや。『里』が許したのぉ……」 カカシは目を伏せる。 「………初めからすぐに許されたわけではありませんでしたよ、自来也さま。……オレが 子供を産むことは」 そしてカカシは、結婚までの経緯と、今の自分の置かれている状況を話してくれた。 「……つまりお前は、まだ本当の事を周囲にバラしたわけではないのだな。…今まで通り の写輪眼のカカシと、その中忍の妻と言う二つの顔を持つわけだ」 カカシが声をひそめた理由を悟り、ワシも声を落とす。 「ええ。……でも、仕方が無いです。結婚も、子供を生んだのも……オレの我がままなん ですから……里の言うことも聞かないと。でも、彼には悪いと思います……彼は、オレの 秘密を共有しなければならない。……ずっと……」 カカシはそっと、左薬指の指輪を指先で撫でていた。知らなんだな……お前、そんなに細 い指をしておったのか。ワシは思わず、卓越しにその指先を手に取った。こんな華奢な手 でずっと『男』として戦ってきたのかと思うと、胸が痛む。 「……案ずるでないわ、カ…芥子。お前のことをよく知った上で尚、お前を妻にと望んだ 男だろう? なまじっかな根性ではない。…ワシはその男、逢うたこともないが…二年お 前を護り通したこと、誉めてやる」 「自来也さま……」 「それにな、お前がそんなに綺麗になったのも、おそらくはその男の所為だろう」 細い指先を軽く握り、ニヤリと笑いかけてやる。 「……女の肌になっておるわ」 カカシは赤くなって、指を引っ込めた。 「……相変わらずですね、自来也さまは。それ以上仰ると、セクハラで訴えますよ」 ハハハ、とワシは声を上げて笑った。カカシは困ったように苦笑している。 その表情、アレによく似ておるのう。 「……カカシ」 敢えて、本名を呼ぶ。 「はい」 「………幸せか?」 カカシはそっと、腹部をおさえる。まだ、身籠って間もないのだろう。一見しただけでは 彼女が妊婦なのかどうかはわからない。 カカシはにっこりと微笑んだ。 「……はい」 「………そうか……それは、良かったの……」 久し振りに帰ってみて良かった。……四代目が唯一心を残し、案じていたであろう娘が、 こんなにも美しく、人妻となって子にも恵まれ、幸せそうに微笑う姿が見られようとは。 正直なところ、この子はもう『男』のまま、戦場で逝くのが運命かと半ばそう思っていた。 慰霊碑にこの子の名が刻まれているのを見るのが怖くて、帰郷しないでいたようなものだ ったのだ。 運ばれてきた上品な昼懐石に箸をつけながら、カカシは「そうだ」と顔を上げた。 「自来也さま。……お願いがあるのですが」 「何じゃ?」 「この子に、名前をつけて頂けませんか?」 おいおい。そんな大事なことを、亭主に相談もせずに。 「……ワシがつけても良いのか?」 「ええ。ぜひ、お願いします。……上の子の時はもの凄く悩んじゃって。先生…四代目が 生きてらしたらきっと、名付け親になってもらったと思うんですよ。…だから」 いや、ソレはない。アレが生きておったら、まずその子は生まれておらん。今の亭主がお 前と結婚することも無かったはずだからの。 ―――というのは置いておいて。 「上の子は、何という? 男か。女か」 「あ……男の子です。……チドリ」 ………また茶を噴きそうになったではないかっ……… 「…………お前………」 よりにもよって、そんな名を。……それはアレだ。雷切だろーが。お前のお得意の必殺技。 あの、チリチリパチパチのヂヂヂヂヂ―――ッドカン!…ってヤツじゃろ! たぶんワシは呆れたような顔をしたのだろうな。カカシは恥ずかしそうに身を竦めた。 「あの……変ですか? 彼は……えと、イルカ先生は賛成してくれたんですけど」 あー、イルカ先生ってのは亭主のことだわな。 「まあ、変ってわけでもないわ。……たくましく育ちそう…だしの」 チドリ。千鳥、か。……技の名前だと思うからいけない。音だけ聞けば、綺麗な名だ。男 の名としてもそうおかしくはない。……うむ。 「……わかった。……ワシで良ければ、その子の名前、考えよう」 「本当ですか? ありがとうございます、自来也さま。…あ、もしも今夜か明日、お忙し くなければウチにいらっしゃいませんか? 彼、紹介したいし…チドリにも会ってやって ください」 おお、そりゃあのう。お前の亭主になった男も、その子供も顔を見たいものだ。 「今日はこれから三代目のところに行かなければマズイのでな、明日で良いか? ワシも ぜひ、そのイルカ先生とやらに会ってみたい」 カカシは嬉しそうに頷いた。 「はい、ぜひ! オレね、少しはマシな料理が作れるようになったんです。楽しみにして くださいね!」 …………ツナデに貰った胃薬はまだあったかの……… カカシの『料理』を知っていたワシは軽く鬱になってしまった。 仕方あるまい。メインの料理は、カカシよりもうんと手先が器用でマメな亭主の方が作る のだと知らなかったのだから。 中忍で、アカデミーの忍師なのだと言う亭主は、黒髪で穏やかな…だが、意志の強そうな 黒い瞳の青年だった。三忍のワシを目の前にしても怯む様子も無い。なるほど、『写輪眼の カカシ』を女房にするだけのことはある。 子供も、カカシと亭主の良い所を受け継いだ可愛い子供だった。十年、二十年後が楽しみ だ。……ワシも長生きせねばのう。 その後、また旅に出ていたワシはカカシの子供が生まれる頃を見計らって戻ってきた。 何とか出産ギリギリに間に合って、ワシは孫を抱くような気持ちで生まれたての赤ん坊を 抱いたものだ。 あの時カカシが身籠っていた子供は、彼女によく似た男の子だった。 銀髪で、色が白い。おそらくこれは美形に育つぞ。 ここはまあ、母親の暗殺技名などつけられた兄に負けぬ元気な子に育てという意味で、少々 過激な名前をつけておくのが良かろう。 命名・うみのチハヤ。 あの亭主には、ワシがイチャパラの作者だということは内密にしておこうかの。
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えっと、自来也さまがチハヤくんの名付け親(ゴッドファーザー) という設定は前から考えていたものでしたが。 ……四代目さまったらやっぱり光源氏計画だった模様。 好みの女に育ててヨメに。(笑) 『小ネタ』として書き始めたのですが、少し長くなったので 普通にこちらにUP。 2005/8/11 |