ダリアの花とねこやなぎ−3

 

結局停電は丸一日を経過しても復旧しなかった。
二晩電気の無い夜を過ごした木ノ葉の里人は、皆不安げで落ち着かない顔をしている。忍
ですら、どこか心許ない顔をしている者が多い。
「……やられたな……」
執務室の机に肘をつき、三代目は苦々しげに呟いた。
主な授業が照明のいらない昼間に集中しているアカデミーの授業は平常通り行われ、イル
カは通常の教務を終えてから火影の元を訪れている。
アカデミーの授業が終わったからといって、それでは、と帰るわけにはいかないのだ。
この停電騒ぎで、どの部署でも人手が足りなくて右往左往している。
「原因は究明出来たのですか?」
イルカは夜までに電気が回復しなかった時の用心に、火影の為のランプを用意していた。
火影はああ、と頷く。
「お前がカカシと最初に出会ったきっかけを忘れてはおるまい? あの時はお前達のおか
げで里の機能がマヒするような状態になる事は避けられた。……今度は察知出来なかった
…そういう言う事じゃ」
イルカの片眉が上がった。
「……発電所に…誰かが何か仕掛けた…と? 里への嫌がらせですか」
真っ向からの戦を仕掛けるでもなく、火影の暗殺を謀るでもなく。
木ノ葉に住まう人々が困るのが、大騒ぎになるのが楽しい。
そんな陰険な仕掛けをする人間がいる事をイルカは知っていた。
以前、人為的に水害を起こそうとした仕掛けはカカシが発見し、イルカと協力の上阻止す
る事が出来た。
言ってみればあれがイルカとカカシの馴初めであり、結婚への第一歩だったのだから皮肉
な話である。
「同じ人間がやったとは断定出来ぬがの…性質的に同じ匂いがする。…天災のような規模
で里全体に『迷惑』をかけるようなやり口がな。……あそこの警備ももっとしっかりとせ
ねばのう…お気に入りのテレビマンガが見られんと、木の葉丸がご機嫌斜めじゃよ、まっ
たく……」
テレビなど即ライフラインに関わる問題ではないが、『情報』を得られない一般の人々の不
安感を思うとないがしろには出来ない問題だ。木ノ葉は生活の全てを電気に頼るような生
活はしていないが、それでも『便利』に慣れた人々の生活から電気を奪えば支障は出る。
被害の度合いを比較すれば、前回未遂に終わった水害の方が深刻なのだが。
「そうですねえ…天気予報も見られませんしね……それにまだ日中の気温が結構高いんで、
冷蔵庫や冷凍保管庫が…一般家庭の物もなんですが、食べ物を扱う商店が……」
「そうか…頭が痛いのう……早く復旧させんとな。木ノ葉病院の自家発電はまだ持つか?」
イルカは頷いた。
「中忍が交代で発電機についています。数人がかりでチャクラを注ぎ、持たせているのが
現状です。私もこの後、応援に行きます。……午後、手術があるそうなので…大きな手術
なので、夜までかかるかもしれないという話です」
「……そうか…」
火影は気の毒そうにイルカを見た。
「…今日は、カカシの誕生日だったろう…? 一昨日、チドリのと一緒に済まさなかった
と言う事は…今日は今日で祝ってやるつもりだったのだろうに……」
イルカは微苦笑を浮かべる。
「はい……仕方がありません。実は、今日は外で食事を…と思っていましたが、先程申し
上げました通り、食べ物を扱う店はどこも休業状態ですので。でも非常事態なのは彼女も
承知しておりますから。それで拗ねるほど子供ではありませんし」
火影は胸の中で、それはどうかのぉ、と呟いた。
イルカと結婚してからのカカシは、自分にも『人並みの幸せ』を求める権利はあったのだ
と今更ながらに気づいたようで―――それまでただ里の為、忍として己の望みも幸福も捨
てたような生き方をしていた反動か、今の彼女は『ささやかな幸せ』や『普通』を事の他
大事にしているように三代目には思えるのだ。
「…ま、それはそうじゃが…フォローは忘れるでないぞ、イルカ。女房という生き物は、
そう亭主にとって都合のいい思考回路は持っておらんものじゃ。「こうだろう」とか、「そ
のはずだ」と女房の心の中を決めつけてしまうのは危険じゃ。……人生の先輩として、忠
告しておいてやる」
イルカは一瞬火影の顔を見つめて、ぎこちなく頷いた。
「わ…わかりました。とても重みのある忠告をありがとうございました…」



カカシの誕生日のその日、イルカの帰宅は遅れに遅れて深夜になってしまった。
イルカが応援に行った病院での手術は長引き、イルカ達は病院の発電機をダウンさせない
為に常にチャクラを注いでいなければならなかったので。
先程やっと交代の者が来て、イルカは解放された。
明かりの無い道を急いで戻り、家に辿り着くと玄関にぽうっとほのかな明りが灯っていた。
カカシが物置から古い提灯を見つけたらしい。
柔らかな、優しい光だった。
「…ただいま戻りました」
カラ、と引き戸を開けるとカカシが微笑んで待っていた。
「お帰りなさい。お疲れ様でした。……大丈夫ですか?」
イルカは、夜目にも疲れた顔色をしていた。長時間ずっとチャクラを一定量放出していた
のだ。無理も無い。
「ええ。……大丈夫ですよ」
イルカが病院の応援に行っていた事はカカシも知っていたから、帰宅がこんなに遅くなっ
た事を責める気はなかった。ただ、夫の土気色した顔の方が心配で眉を寄せる。
「嘘…バテバテって顔して。…お風呂、沸かし返しますね」
イルカの家の風呂は旧式で、薪を使って外釜で湯を沸かす。電気は関係なかった。
「水になっててもそのままでいいですよ。…まだ蒸し暑いし…それよりもカカシさん」
「…はい?」
カカシはほんの少し首を傾げる。
「……今日、本当なら家族三人で外に食事に行くってって…約束していたでしょう? 
で、前にしていたチドリに子供用のお膳注文するって話…あれ、今日実行しようと思って
たんです」
「イルカ先生…覚えてたんだ…」
ええ、とイルカは頷く。
「でもね、店はやってないし、俺は病院詰めになるしで……仕方ないと言ってしまえばそ
れまでなんですが…せめてこれだけでも…」
イルカは胴衣の内ポケットから小さな包みを出した。
「お誕生日おめでとう、カカシさん」
つるりとした銀色の包装紙に、品のいいリボン。
カカシは驚いたように目を瞠り、そっとその贈り物を受け取った。
「あ…これ、オレに…?」
「はい」
「ここで…開けていい?」
「はい」
カカシは丁寧にリボンを外し、包装紙が破けないように気をつけて包みを開けた。
白い箱の蓋を取ると、中に柔らかな布張りの黒い小さな箱。
その蓋を持ち上げて、カカシは更に眼を見開いた。
「…綺麗……」
提灯の淡い光の中でも、それは綺麗に光り輝いて見えた。
「これ……耳飾り…?」
蒼い小さな宝石が二つ、箱の中に並んでいる。
「九月の誕生石なのだそうです。…貴女の瞳の瑠璃色にきっとよく映ると思いまして」
カカシは眼を細め、指でそうっと蒼い石を撫でた。
「綺麗………海の欠片みたい…すごく綺麗……」
カカシは泣き出しそうな顔で微笑んだ。
「嬉しい、イルカ先生。…ありがとうございます」
イルカは箱の中から石を一つ摘み上げ、カカシの白い耳朶につけてやる。
「綺麗です。似合いますよ」
カカシはくすぐったそうに笑う。
「ホント? こっちもつけて。ね?」
イルカはもう片方もつけてやった。
ああ、もっとちゃんとした明かりがあれば鏡で見られるのに、とカカシが思った瞬間。
ぱっと周囲が明るくなった。
「おっ?」
「あ……」
真っ暗だった里の中に、次々と光点が浮かび上がっていく。
まるで、何かのショーを見ているようだった。
「…復旧した……」
発電所の職員の、不眠不休の努力が実った瞬間だった。
「うわあ、何だか綺麗ですねえ…」
その素朴なイルミネーションに見入っているカカシを、イルカがついと抱き寄せた。
カカシも逆らわず、イルカの胸に身体を預ける。
「カカシさん…」
その呼びかけの意味が、カカシにはちゃんとわかったらしい。
イルカを見上げて静かに目を閉じた。
イルカは腕の中のカカシを更に抱き寄せ、唇を重ねる。
柔らかい唇の感触を楽しみながら、イルカはごそごそと合図用の手鏡を出した。
ちゅ、とついばむようにカカシの唇吸って、イルカは手鏡をカカシに渡す。
カカシはすぐにイルカの鏡を覗いてみた。
「わ…何だか恥ずかしいなー…あの、ホントに似合ってます? 可笑しくない?」
似合っていますよ、とイルカは微笑んだ。
「…それに、こういう石はお守りにもなるのだそうです。……だから…」
カカシは両手で左右の耳朶をおさえた。
「……大事にします。イルカ先生がオレに選んでくれた石だもの。絶対に大事にします」
今度はカカシの方からイルカに口づけた。


深夜にも関わらず、ざわざわと里内が活気付いていく気配がする。
その気配を背中で感じながら、二人は家の中に一緒に入った。
「もうチドリは寝てますよね」
「とっくですよ。何時だと思っているの? お父さん」
「ははは、そうでした」
カカシはイルカの胴衣を脱がせてハンガーにかけ、妻らしく世話を焼く。
「そうだ、カカシさん」
「はい?」
「今日はダメだったけど…今度行きましょうね? 色々なおかずに赤いご飯に旗が立って
て、プリンもおもちゃもついてくるの食べに」
「イルカ先生、食べるのはチドリ」
カカシの訂正にイルカは笑った。
「でも、貴女も食べたいでしょ?」
「……ウン…ちょっとね…」
カカシは赤くなりながらも嬉しそうだ。
どうやらフォロー成功である。
三代目、ありがとうございます、とイルカは心の中で人生の先輩に感謝した。

居間の時計の針が、午前零時を指す。
停電騒ぎのお陰でお祝いの計画は潰れてしまうし、水を吸った綿のように身体は重いしで
散々な目にあったが。
蒼い石を耳元につけたまま微笑むカカシが可愛いので、もうそんな事はどうでも良くなっ
てしまったイルカだった。

      



はっぴばーすでーvカカシちゃん&チドリちゃん。

2003/9/13〜15(完結)

 

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