ぴんく −2
「何でオレが桃色忍者なんですか、先生!」 はあ? とイルカ先生は書類から眼を上げた。 オレの恋人は、相変わらず仕事第一主義の働き者だ。アカデミーの授業の後に受付所シフトが入っていると、テストの採点などをする時間が無いので、いつもこうして自宅でお持ち帰り仕事をしている。 それはいいんだけどね。 オレと一緒にいる時間を一秒でも長く作る為に、アカデミーで残業しないでウチに持って帰ってきてくれてるんだって、知っているから。 「ももいろにんじゃ? ………何か、可愛いというか…エロい響きですね」 「ね、お色気担当忍者みたいでしょー………って、そうじゃなくて! 何でオレのイメージがピンクなんですか!」 ああ、とイルカ先生は納得げな声を出す。 「サクラか誰かに聞きました? 俺は別に、貴方が桃色忍者だなんて言っておりませんよ。………貴方を思い浮かべた時に、一番先にイメージしたのが綺麗な桜色だったんです」 ―――だから、ナニユエに?? 思いっきり目顔で問うと、イルカ先生はクスクス笑った。 そして、笑顔のままオレにスッと手を出す。 「?」 「…カカシさん、手を」 オレは不思議に思いながら、『お手』よろしく彼に向かって手甲をはめたままの手を出した。 イルカ先生はオレのその指先をつかまえ、自分の口元に持っていく。 そして、恭しくオレの指先にくちづけをくれ―――そのまま、ゆっくりと唇でオレの指をたどったりして! 「………ちょっ………何しているんですかっ! 離し………」 咄嗟に引っ込めようとしたオレの手を、イルカ先生は離してくれなかった。 しっかり指先をつかまえたまま、指を順々に唇で愛撫してくれる。 オレはそれだけで、ナンか感じてしまった。 やめようよ、せんせ! それ、エロい! エロいからっ! じたばたしているオレを、イルカ先生は上目遣いにチラッと見て意味深な笑いを唇に浮かべた。 「…ね? ほら………」 「な、何がですっ!」 イルカ先生はオレを捕まえていない方の手で、オレの手首をスルリと撫でた。 「………貴方、色が白いから………上気するとここ………手首の内側が薄っすらとピンク色になるんですよ」 と、言いながら彼の指は忍服の袖と手甲の間からのぞいているオレの手首をするすると往復する。………ぐおぉっ………なんつースケベな触り方すんですかアンタ! 「…手甲と忍服が黒っぽい色だから、余計に白く見えるんですよね、ここ………それが、綺麗な桜色に染まっていくのが何とも色っぽくて………」 ああ、それでピンク。 そんな理由を多感な女の子達に言えるワケねえよな。うんうん。 スパーンとオープンにされるよりも、チラリズムに萌えるってのも男として理解出来………―――って、納得できるかああぁぁぁッ! 「それでオレのイメージ、ピンクとか言わんでくださいっ!」 「ピンク、嫌ですか?」 「却下ですよ!」 「………綺麗な色なのに」 ………って、ナニする時にオレの肌が上気して云々なんて聞かされて、素直に喜べとでも? 「アアア、アンタ、オレを思い浮かべる時、いっつもそんな事考えていやがるんですかっ」 イルカ先生は、スケベさとは無縁みたいな涼しげな黒い瞳でオレを見た。 「………いや、そういうわけじゃないんですが………カカシさんの持っている色ってのは、髪の色も瞳の色も綺麗で、俺はとても気に入っているんですけど。………中でも、この肌が上気した桜色が、一等お気に入りなわけで………だってこの色、貴方がお酒を召し上がった時とか、俺の手や唇に感じてくれた時…つまり、とてもプライベートな時しか見られないんですから。………それって、結構貴重でしょう?」 恋人の特権ですよね、とその眼が細められる。 オレは思わず絶句してしまった。 自分でも、頬が火照っていくのがわかる。 「………ああ、目許が桜色に染まっていくのも、いいですね………色っぽくて…可愛い」 イルカ先生は、口布と眼の隙間にほんの少し露出しているオレの肌にちゅ、とキス。 すみません、モノスゴク、モノスゴク今更なんですけど。 はははっ………恥ずかしいっ! この男のしてくれやがるコトがいちいちクソ恥ずかしくて、いたたまれませんッ! イルカ先生、どっかスイッチ入ったでしょう、ねえ。 普段割合に淡白っぽい顔しているくせに、時々いきなり『お色気モード』になるのよ、この人。 そうなると、タチが悪い。 仕草や声が、普段の五割増サービスで色っぽくなって、オレはただドギマギと翻弄されちまうんだよー………もう、上忍の威厳もクソもありません。 イルカ先生の指が口布の端にかかったらもう、その先を期待してしまって心臓が勝手に鼓動を早めてしまう。 するん、と何か果物の皮を剥くように口布が下ろされて、イルカ先生は唇に優しいキスをくれた。 「………耳たぶも、美味しそうな色になってますねえ………ああ、残念。このまま喰ってしまいたいけど、今やっている仕事を先にやってしまわないと明日大変だし」 イルカ先生はいかにも残念そうに呟いて、もう一度軽いキスをくれた。 「…すみません、勝手で」 喰ってしまいたい、だって。 やっぱ、イルカ先生もソノ気になりかけていたんだ。 でも、オレを喰うよりも仕事を取る。そういう人だよね。 「ホントですよ。こんな、オレの肌の色変わるまでキスしておいて、放置ですか? ま、いーですけどねー………」 お預けは慣れてます。………こういう仕事のムシに惚れたんだから仕方が無い。 ―――って言うかね、目の前の欲望に流されず、きちっと自分のやるべき事を優先する、この人のこういう所もオレは好きだから。 オレだって、自分の任務を疎かにして遊ぼうとは思わない。 同じ事だろう。 イルカ先生は、申し訳なさそうにペコペコした。 「スミマセン。いや、何で貴方がピンクってイメージなのか、実際にやってみせた方が納得なさるかと思って………」 あ、そーだった。 ここへ来るなり『何でオレが桃色忍者なんだ』とわめいたのはオレだ。 イルカ先生は、それに対して答えてくれたに過ぎない。 オレは、自分の目許が火照ってしまうのを自覚しながら、そっぽを向く。 「ご丁寧にどうも。だから、いいって言ってるでショ。さくさくと仕事をなさい。………待っててあげますから」 イルカ先生はにこ、と微笑む。 「ありがとうございます。…ちょっと、キリがつくまで待ってください。キリのいい所でメシにしますから」 「あ、じゃあオレが仕度しますよ。メシ」 気がまぎれてちょうどいい。メシ作りに没頭すりゃ、この下半身のそこはかとない疼きもどこかへ行くだろう。 「いや、今日はちょっと手抜きでしてね。横着して出来合いのカツどん買ってきてあるんで、温めるだけなんです。………お腹がすいてらしたら、何かつまんでてください。あ、そういえば俺ももらったな、クッキー」 イルカ先生は、カバンからゴソゴソと小さな包みを取り出した。 ああ、サクラってばちゃんとイルカ先生にもあげていたんだ。手作りクッキー。 その包みには、鮮やかな青いリボンがついていた。 「………イルカ先生は、青なんですねー………」 「名前の所為でしょう。うみのイルカ。………海は、青。…単純な連想ですね。俺は、他に色彩的な特徴も無いですから」 ははは、とイルカ先生は笑う。 そうかなあ。 それだけ、とも思わないのだけど、オレは。 あれくらいの女の子って、結構シビアだから。 海を即イメージさせる名前でも、相手が相手なら『でも、青なんて爽やかなカンジじゃないよね。海は海でも、鉛色の暗い海だよねー、ぎゃはは』くらいは平気で言う。 彼女らが、イルカ先生は青だ、と言ったのならば、本当に彼のイメージが青だったんだろう。 ちなみに、オレならばイルカ先生のイメージカラーは黒だ、と言うかもしれない。 あの、静かな黒い瞳が彼のすべてを語っているような気がするから。 敢えて、カラフルさを求められたら―――そうだな、緑、かな。 新緑の瑞々しい若葉色。ぐんぐんと真っ直ぐに伸びる若竹。 イルカ先生からは、とても生命力を感じるから、そういう色が合っていると思う。 もちろん、青も合っていると思うのだけど。 「…オレは、イルカ先生は青…というより、緑かな」 イルカ先生は、ちょっと眼を瞠って―――そして、穏やかに微笑んだ。 「何故?」 オレは理由をちょっとぼかした。 素直にそのまま言うのは、何となく気恥ずかしくて。 「性格かな〜? 竹を割ったような、とよく言われるでしょう? アナタ」 「………そこまで気持ちのいい性格じゃないんですけどねえ………俺」 「そーですかー? でも、植物の緑って、センセのイメージですよ」 ふむ、と先生は唇の下にエンピツのおしりを当てた。 「………何となく、嬉しいですね。俺、緑は好きな色だし。………それに、緑があるとピンクの花びらの美しさが引き立つんですよね」 オレは一瞬、イルカ先生が何を言っているのかわからなかった。 だが、彼がオレを『ピンク』だと言った事を思い出す。オレがピンクで彼が緑。 つまり、オレの傍に寄り添ってくれる、という意味………? オレはまた頬を火照らせながら言った。 「ソレを言うなら、お互いに引き立てあう色、なんじゃないですか?」 イルカ先生がオレの引き立て役なんてとんでもない。言外にそう匂わせると、イルカ先生は苦笑した。 「………カカシさん、ご自分がピンクだってお認めになるんですね?」 ―――しまった。 「そ、そういう意味じゃ………ッ………」 はいはい、そうですよねー、と軽くオレをいなしながら、イルカ先生は書類をめくる。 唇には、薄っすらと笑みが浮かんでいたりして。 あ、ナンかくやしい。 「前言撤回。………アナタ、やっぱ黒」 え〜? とイルカ先生は声を上げたが、今度は『何故?』とは訊かない。………もしかして、自覚、ある? と、思っていたら何て言いやがったと思う? 「………どっちでもいいですけど、オレは。緑でも黒でも。………綺麗な桜色が映える色に違いは無いですから」 だってさ。 ………もう、いいです。 若竹のごとく爽やかな緑のイルカ先生でも、深淵の闇のごとく黒いイルカ先生でも。 オレの好きなイルカ先生に違いはないからね。 そのどっちにも合うと言うならば、オレはピンクでいいわ。(どうせ、そんな事言うのイルカ先生くらいだし) ―――念の為言っておくが、決して『桃色忍者』じゃないからな? |
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と、いうわけで相変わらずのワレナベトジブタ忍者ども。(笑) 08/9/7 |