ツナデ様、お忘れですか?
木ノ葉の忍はね、ナルト達だけじゃないんです。
カカシさんの身を案じて後を追いたいと思うのも、彼を助けたいと思うのも。
ナルトやサクラ達だけじゃ、ないんですよ。
彼らだけに『後を追うな』と命じて、それで終わりですか?
こっちにとっちゃ、好都合ですけどね。
何せ、何も言われてないんだ。
戒厳令? それも聞いてません。俺は何も聞いてませんから!
だから、好きにやらせてもらいます。
―――………ふざけんじゃねえよ、コンちくしょう。
アカデミー教師をナメんじゃねえ。
◇◇◇
カカシさんの様子が変なことくらい、わかっていた。
いつも通りに振舞う、彼。
夕飯を作る俺の背中にはりついて、卵焼きも食べたいとか、味噌汁の葱はもっと細かく刻んでくれとか、好き放題言って、甘えて。
ベッドで、もう一度、と強請るのも別に珍しい事ではないのに。
それでも俺にはわかってしまう。
切なげに漏れる、声が。
俺の傷痕に丁寧に落とされる唇が。
名残りを惜しむように、俺の背中を撫でる指先が。
―――いつもとは、違うのだと。
あれは、俺に『お別れ』を告げていたのだ。
問い質したかった。
肩を両手で捕まえて、正面から眼を見て。
だけど、そんな事をしてもムダだと言う事も、最初からわかっていたから。
彼が、何も言うはずは無い。
だから、何も訊かなかった。
いつも通り、「気をつけていってらっしゃい」と送り出したんだ。
いつもの、笑顔で。
カカシさんがそれを、望んでいたから。
俺だって、忍者だ。
先ず、カカシさんが俺に告げなかった『お別れの理由』を秘かに探った。
ツナデ様に直に訊くなんて、ムダでバカな真似はしない。
そして、耳を疑うような事実を知ることになる。
彼が―――カカシさんが、里を救う為にその命を『使おう』としている事を。
かつての彼の師、四代目火影が己の命で里を救ったように、カカシさんもまた、自分一人の犠牲で多くを救う道を選んだのだ。
ツナデ様も、それより他に手立ては無いと判断し、彼を人身御供にする事に同意、許可したという。
もう、はたけカカシは木ノ葉を抜けた。里には関係の無い男になったと。だから、後を追ってはいけないのだと。
ああ、そんな事を聞いたナルトが、黙って引っ込むわけが無い。
アカデミーを出た下忍にとって、最初の教官は本当の意味での恩師だ。
あいつにとっても、はたけカカシという存在が特別なのは当然で。
『諦めろ』と言われて、ハイそうですかと大人しく引っ込むタマじゃないのは、もうわかりきっている。
『絶対に諦めない』が信条の、ド根性忍者だもんな、お前。
お前が羨ましいよ、ナルト。
お前の、『絶対に諦めない』は、偉い。
でもな、普通の人にはそれは出来ないんだ。
諦めたらそこで終わりなのは、誰だって知ってる。伸ばす手を引っ込めたら、つかめる物もつかめない。わざわざ言われなくたって、そんなの当たり前だから。
だけど、人には限界ってモンがあって。
もうダメかも、を根性で突破出来るのは、やっぱりソコは本当の意味での『限界』じゃなかった、一握りの人間だけなんだ。
頑張れば出せる底力を持っているから、お前は『諦めない』を貫ける。
最後は力任せにブチかまして、その力で何もかもねじ伏せて。
僻みで言っているんじゃないけどな。
―――いや、僻みかな、やっぱり。
俺に、力づくであのヒルコって男を止めることなんか出来るわけがない。
ツナデ様や自来也様や、カカシさんですらその方法は選択しようが無かったのだから。
俺だけの力で、あの人を助けるのは、無理。
だからな、ナルト。悪いけど便乗させてもらう。
ナルトやシカマル達に気づかれないように、後を追って。
子供らを囮に使うようで少し気が引けたが、あの子らの成長は目覚しい。彼らの力を信じ、ザコな敵は任せて先に進んだ。
時が満ち、月が天空で太陽に重なる金環食が始まる。
ヤツは、カカシさんをその力ごと取り込もうとしていた。
―――と、その刹那、彼の万華鏡写輪眼が発動する。カカシさんは自分ごとヤツを異空間に引きずり込むハラだ。冗談じゃない!
「カカシ先生!」と叫んで飛び出したナルトは、同じく飛び出した俺に気づいてビックリマナコになる。
「イルカ先生ぃいッ?」
その叫びは無視して、俺は自分の限界に挑戦する。手を伸ばし、この世界に彼を繋ぎ止める為、声の限りに叫んだ。
「カカシさんッ! 手を!」
その声が、届いたのか。カカシさんの手は、ユラリと俺の方へ差し出される。その手をつかみ、俺は無我夢中で彼を引き寄せた。
「ナルト!」
「おうッ!」
ああ、ホントに頼もしくなったなあ、お前。
ナルトは俺が伸ばした手をつかみ、異空間に引きずり込まれかけていた俺達を強引に引っこ抜いてくれた。
「………ムチャすんなよ、イルカ先生………」
「お前だって、同じ事するつもりだったんだろ?」
そらそーだけどよ、とブツクサ呟いているナルトを横目に、カカシさんの頬をペチペチ、と軽く叩く。
「カカシ先生! カカシさん!」
なかなか起きやがらねえ。こんな時まで寝穢いとは、いっそ立派だ。
「起きてください、カカシさん! 朝飯抜きますよ!」
途端、カカシさんの眼はパチッと開いた。
「おはよーございますっ! イルカ先生! 朝飯抜きは嫌です!」
ナルトが仰け反り、ゴン、と岩で頭を打った。
「………先生達って………いったい………」
我に返ったカカシさんは、即座に状況を把握したようだ。
「えええっ…イルカ先生? 何やってんです、こんな所で! うわ、ナルトも!」
「貴方を助けに来たに、決まってるでしょう!」
俺の切り札は、カカシさんへの気持ちだけだけど!
想いの力、なんて希望的なものに賭けるしかないという、ナルトの底力以上に曖昧な『愛の力』に縋るっきゃないわけだが!
でも、これが俺の『諦めない』だから。
力及ばず泣く事になっても、それはやる事やってからだ!
―――という気持ちを込めて、カカシさんを正面から見据える。
カカシさんは俺の顔をじっと見て、やがてホニャ、と笑った。
「………やっぱり敵いませんねえ、貴方には………」
そして、「あー…作戦失敗か〜」と言いながら立ち上がる。
ナルトはフンッと鼻を鳴らした。
「自分だけで何とかしようなんて、水くせえコトする先生が悪いんだってばよ!」
おお、いい事言うね、ナルト。カカシさんはハァ、とため息をつく。
「………責任取れよ〜? まだ終わってないからな、ナルト」
「わかってるって!」
ナルトはぐるんと腕を回し、飛び出して行った。
ああもう、本当に逞しくなったもんだ。
カカシさんは、肩を竦めて切なげに苦笑する。
「………こんな事して。どーなっても知りませんよ? イルカ先生」
子供らを止める立場にありながら、火影の命令を無視して、勝手な行動を取った。アカデミー教師失格だ。
俺は微笑って、彼の口布の上から軽くキスする。
「…俺に、貴方を黙って見送る事なんて出来るワケないでしょう?」
どうにもならなかったら、あのまま俺も一緒に行くつもりだった。
貴方の犠牲の上に築かれた未来なんて、俺はいらないんだから。
カカシさんは黙って、俺の肩に手を回した。
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