ループ

 

「カカシ先生、大変なんだってばよーっ!」
―――騒々しい。
いったい幾つになったんだ、お前は。
人間、40も近くになれば少しは円熟味が出てだな、オトナになるものなんだよ?
もしかしたらコイツの辞書には一生涯『落ち着き』という項目は載らないのかもしれんな。
ツナデ姫様が無責任にもホイッとオレに投げ渡した火影の座を、オレは十年以上温めてから、コイツにパスした。
火影の役目は弟子に任せ、オレは専ら『相談役』ってことで、普段はお茶をすすって本など読んで過ごしているわけ。
ぶっちゃけ、ちょっと早いけどご隠居さんというヤツだ。
だってねえ、オレ片足が膝から先なくなっちゃったし。現役で忍者やるにはツライわな?
ああ、夢にまで見た平穏な日々―――のはずだったんだが、この七代目火影ときたら、何でもかんでも相談役のオレのところに持ってくる。
いー加減に、親離れしさらせ。
「………そんなに怒鳴らなくても、まだ耳は遠くない。いいから深呼吸しろ。ハイ、吸って〜、吐いて」
ナルトは素直にすー、はーとやってから、ドンッと両手の平を机に叩きつけた。
「んな、落ち着いてる場合じゃないってば! イルカ先生が………」
「イルカ先生がどーしたっ!!!」
「三代目のじーちゃんと結婚するって言うんだあぁぁぁっ!!!」
オレは一瞬固まった。
そしてすぐにその『報告』を否定する。
おいおいおい。いくらナンでも、そりゃーナイ。
一億歩譲って、イルカ先生が(オレ以外の誰かと)結婚する気になったとしてもだ。
相手は既に彼岸の人だ。ありえないだろう。
オレは、落ち着いて机の上のライトのスイッチを入れてみる。
点かない。
―――ああ、なんだ。やっぱりこれ、夢だわ。
夢の中だと、それがどんなにリアルな状況でも明かりが点かないんだよなあ、不思議なことに。
………それにしても、嫌な夢だ。何でイルカ先生がジジイとくっつかにゃならんのだ。
さっさと目覚めなきゃ。


 

 

「………って、変な夢、見ちゃいましてねえ。…アナタが、三代目と結婚するって言い出したって、ナルトが駆け込んでくるんですよ。まったく、ありえんでしょう?」
「そうですよねえ、ツナデ様がお相手ならまだしも」
「………やめてくださいよ、それはまだ何となく可能性があって、嫌です」
年齢はともかく、性別という点では問題ない。ツナデ様は独身を貫いているし。少なくとも、三代目がお相手と言うより、リアルだ。
ふふっとイルカ先生は笑った。
「それにしても、引退してご隠居とは気の早い。…まだ、当分は貴方が火影様ですよ、六代目?」
ああそっか、まだオレが火影なんだっけ。………足も、まだある。
片足を失って、現役から退くって設定もリアルだったのに。
「でも、もしオレが引退して、ナルトに火影の座を譲ったとして。………アイツのことだから、何かと面倒ごとをオレのところに持ち込んでくるってのは、やりそうだなーと思うんですが」
「かも、ですねえ。………ああ、そうだ。砂にいる紅さんから書簡が届いていましたよ。向こうで風影様の相談役になっているんでしたよね。アスマ先生が一家揃って砂に移ってしまった時は驚きましたけどねえ…………あれ? カカシさん、どうしました? 変な顔をなさって………」
オレは、震える手でイルカ先生から書簡を受け取った。
開くと、アスマが紅と一緒に幸せそうな顔で写っている写真が出てきた。二人によく似た子供も一緒に写って………いや、子供の顔がよくわからない。男の子なのか、女の子なのかさえ。
それに、手紙を読もうと思っても、上手く字が読めなくて文章が意味をなさない。
ああ、とオレは哀しい心地で理解した。
―――これも、夢なんだ。
まだ、オレは目覚めてはいなかったんだ。
アスマが砂隠れにいる? 紅と、ヤツの子供と一緒に、幸せに?
………ありえない。
あいつは、もういないのに。
オレは、そうならいいと思っていたのだろうか。あいつがいないのは、どこかよその国に行っているだけなのだと、そう思いたかったのか。
どこか、よその国で好きな女と、可愛い子供と一緒に幸せに―――………
カカシさん? とオレを心配そうに呼ぶイルカ先生の声がぼやける。


 

 

 

「カカシ先生、うたた寝なんかしたら、風邪をひきますよ」
あー………やっぱ、夢だったんだ………うん、ありえない、ありえない。
現在の火影はまだツナデ様で。
オレは、次代火影候補として一応上から話を匂わされているが、はっきりとした就任要請は来ていない。
―――六代目だなんて、オレも気が早い夢を見たものだ。別に、火影になりたいという『夢』なんか、持ったことはないのに。
………オレにはナルトみたいに積極的な野心は無い。
ただ。
もしも、ツナデ様が現役を退く意志を見せた時。
もしくは、三代目や四代目のように、命を落とされた時。
他に、どうしても適任だと思われる人物がいなかった場合は、その役目を引き受ける覚悟はある。
オレは、あの四代目火影の弟子だ。
あの人の想いは、一番よく知っている。望みが何だったのかも。
ナルトが火影になって、この里を守り、率いていくというのならば、一番いい形でその役目を継がせてやりたいと思う。
その為には、まだ時間が必要だ。
「………変な夢、見ちゃいました。………夢の中で、夢を見ているんです。夢から覚めても、まだ夢の中なんですよ。おまけにオレ、まだなってもいない火影の座から退いて、楽隠居を決め込んでいるなんて夢見ちゃうし」
ははは、とイルカ先生は笑った。
「でも、カカシ先生が次代様になるのはもう決定なのでは? 任せてくださいよ。そうなったら、俺が付き人でも何でもやりますから。雑用なら、お手の物です。さんざん、三代目にこき使われてましたから」
それよりも、とイルカ先生はオレの手を引っ張って起こす。
「顔でも洗ってらっしゃい。主役がそんな、いかにも今まで寝てましたって顔してちゃイカンですよ。もうそろそろ、皆さんいらっしゃいますよ?」
「………主役?」
皆さんって…………?
「やだなあ、今日はカカシさんの誕生日でしょう? お祝いのパーティするに決まっているでしょ。…実はもういらしているかたもいるんですよ。貴方、よく寝ているから起こさなくていいと仰ってくださったんですが。…そろそろ、そうも言っていられない時間なので起こしました」
「………客って、誰が………」
オレは眼を擦り、周囲を見回す。
そして、居間の奥の椅子で静かに窓の外を見ている人物を発見する。
懐かしい横顔がそこにあった。
「………先生………」
淡い金色の髪。優しい蒼い瞳。静かな、表情。
涙が出そうなほど、切ない想いが胸の中に沸き起こる。
やだなあ、先生。………忘れっぽいんだから。
それとも、貴方は気づいていないんですか?
―――ご自分がもう、死んじゃっているってことに。
もうこの世にいないのに、オレの誕生日を祝いに来てくれたんですね。
嬉しくて、同じくらい哀しい。
そうしてまた、オレは気づいてしまった。
これも、現実ではないのだろう。
何故、オレは夢から覚める事が出来ないんだ………?
覚めても、覚めてもまだオレは夢の世界に囚われている。
それに何故、オレを置いていった人達が次々に関わり、現れる?
この夢が覚めても、まだ現実には戻れないのだろうか。
お次は誰だ?
オビトか? それとも親父か?
―――もう、いい。
いい加減にしてくれ。

オレは、必死になって夢から目覚めようとしてもがいた。
お願いだから、この悪夢をなんとかしてくれ………!!


 

 

 

 

ドン! と全身に衝撃が走った。
「もういっちょ行くよ! シズネ、サポート!」
「ハイッ ツナデ様!」
ドン! ともう一度衝撃が走る。
「心臓、動き出しました!」
「よし、そのままチャクラを流し続けろ! 神経を繋いで、欠損した臓器組織の修復作業にかかる! 折れた骨はその後だ」
ぼやけた世界が、次第に形を成してきた。
「………デ……ま………」
「おや、意識が戻ったのかい。さすがだね、カカシ。…でもまだ治療中だからね、もう少し、眠っておいで。心配しなくてもいい。………私が、治してやる。お前を死なせたりしないよ………」
柔らかくて温かい手が、額と目蓋の上を覆う。
スゥッと気持ちのいいチャクラが流し込まれ、オレの意識は闇に落ちていく。
そうしてまた眠りの世界に引き戻されながら、オレはぼんやりと気づいた。
覚めても、覚めても、夢から現実に戻れなかった理由を。

オレは、死にかけていたんだ。

よーするに、『死の縁』とやらを彷徨っていたわけだな。
その所為で、さっきからやたら彼岸の方々がご出演(?)なさる夢ばかり見ていたんだろう。
あー、もしかしてオレ、相当ヤバかったんじゃないかな。
自慢じゃないが、今迄だってオレは何度も棺おけに片足突っ込んではそれを強引に引き抜いてきた。
しかし、こんな風に次々と故人ばかりが関わってくるユメマボロシなんて見たことは無い。
今回が初めてだ。
懐かしかったけれど、同じくらい切なくて苦しくて、早く目覚めたかったのは、オレのなけなしの生存本能だったのかもしれない。
でもどうせなら、『悪夢だ』と決め付けずにあの誕生パーティが始まるのを待てばよかったかな? もしかしたら、もう会えなくなってしまった懐かしい連中が、本当に顔を揃えてくれたかもしれないのに。
オビト、お前は13のままなんだろうな。オレを見て、おっさん呼ばわりするんだろう、きっと。…誕生祝いに、もう片方の眼もやるとか言って現れたりしたらもうホラーだな。
父さんも、来てくれたかなあ………あの人のことだ。呑気にサンマでもぶら下げて出てきやがりそうだね。ハハ………クソ。
今思えば、夢でもいいから、会いたかったような気がする。オレが好きになった人ですって、父さんにイルカ先生を紹介したりしてさ。
………もう、同じシチュエーションの夢には戻れないだろうな。
ちょっと、残念。
ツナデ様が、オレを死なせないと宣言なさっていた。
あの人の事だから、ちゃんとオレをこちら側の岸に引き上げてくれるのだろう。
うん、まだ彼岸には渡りたくないかなあ………だって、こっちにはイルカ先生がいる。
オレはまだ、彼と同じ時を、一緒に生きたいんだ。


 

 

 

 

「とんだ誕生日になりましたね」
サクラが見舞いに持ってきてくれた花の水を取り替えてきたイルカ先生は、花瓶をそっと下ろして微苦笑を浮かべた。
「………でも、良かった。………貴方の心臓が止まった時は、俺もショックで心臓が止まりそうでした。………全身から血が引くって、ああいうのを言うんでしょうねえ………」
オレは黙って、手をのろのろと動かした。イルカ先生は目敏く気づき、オレの気持ちを察して手をそっと握ってくれた。
あー、あったかいなあ………
これって、これって、夢じゃないよな?
また、覚めない夢を見ているわけじゃないよな?
「…足も、切断せずに済みましたよ。リハビリには時間がかかるかもしれませんが、おそらく元の機能を損なうことは無い…とのことです」
そうか。………なんか、夢の中で足が無かったような気がしたけど、あれは本当に足を失いかけていたからなんだな。
オレは、やっと声を出した。
「………じゃ、引退せずに済みますね………」
「もちろんです。………でも、もう無茶はなさらないでください。………俺、寿命縮みましたよ」
「………ごめんなさい」
イルカ先生は、腰を屈めてオレの唇に軽くキスした。
「しばらくは、安静ですから。………貴方の誕生日祝いに、と思って、とっておきの酒を用意していたんですよ? 退院したら、飲みましょうね」
「………ありがと、イルカ先生。………それを楽しみに、頑張って治します」
「だけど、無理はしないでくださいね。俺、ちゃんと見張りに来ますからね? アカデミーの授業以外の時間は、ここに来ます!」
見張り、だって。
何で素直に付き添いって言わないかな。………もしかして、照れ?
「あー………ウン、よろしくです………」
そこでふと、オレは自分の見ていた夢の内容をイルカ先生に話したくなって口を開きかけ―――慌てて閉じた。
マズイ、マズイ。
これは、夢のパターンだった!!
夢の内容をイルカ先生に話しているうちに、『これ、夢だろ』って気づくような事が起きるんだ。
実はコレはまだ夢で、実際はオレ、死にかけの最中、とか。そんなのはもう勘弁してもらいたい。
「さあ、もう休んでください。………あまり話すと、体力を消耗します。貴方が眠るまで、ちゃんと傍にいますから、安心して―――」
イルカ先生は、ベッド脇のスタンドに腕を伸ばした。
カチン、と音がして明かりが消える。
オレは反射的にスタンドのひもを引っ張っていた。
カチン。

―――………点いた。

明かりが点いたことにホッとして、ふとんにあごを埋め、オレは眼を閉じた。

 

 

 



 

………カカシ先生、ハッピーバースデー………

の、割りになんだこれ。
酷い話ですみません。
夢のループに陥ったことは何回かあります。覚めても覚めても、夢の中。…あれはけっこうキツイです;;
『夢の中では明かりが点かない』
『夢の中では手紙が読めない』
も、実体験。………夢の中で「あ、これ夢だ」ってわかっちゃうのも切ないというか、妙にあせるというか。

最後、『明かりは点かなかった』で終わろうとしたのですが、「あ、これカカシさんのBD話だった」と思い出して、暗い終わり方は避けました。
夢見ながら、「これは夢じゃないよね」って確信していたのに実は夢だったってのもありましたっけ………;;

 

08/9/15

 

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