刻 印

 

「……ゥン、ふ……ゥ…アァッ…」
揺すり上げられて、思わずカカシは喘いだ。男の胡坐の上に抱えられている上体がたまら
ずに前に泳ぐ。その身体を、背後から伸びた逞しい腕が支える。
「…苦しい…ですか?」
そっと問われてカカシは首を横に振った。汗の滴が飛び散って敷布に小さなシミを増やす。
「………へい、き……」
アナタから逃げたわけじゃない、とカカシは自分を抱く年下の男の方に体重を預ける。
互いの肌は情交に湯気を立てそうな程火照って汗が滝のような流れを細かく作っていた。
それを不快と思う余裕も無い。身体中の汗腺が開いてしまっているようだ。こんな汗、任
務の時でもかきはしない。後で咽喉が渇くだろうな、とカカシはぼんやり思った。
「…ちょっと滑っちゃっただけです。…もっと、下さいな……いっそ、気が狂うほど」
背後で相手が困ったように苦笑する気配がする。
「……それはちょっと……後で俺が困るな…」
カカシは声を上げて笑った。


 
寝台にもつれ合うように二人で身を投げ出した時には、窓枠の端に見えていた半欠けの月
が大きく移動していた。
その月を視界の端に捕らえたイルカは、精根尽きたようにくたりと敷布に埋もれている恋
人の肩に触れた。汗が冷たくなって、肌を冷やしはじめている。カカシは億劫がるだろう
が、一度湯を浴びさせてちゃんと寝巻きを着た方がいい。
「カカシ先生……? 眠ってしまいましたか? 身体…シャワー浴びておかないと……」
カカシは緩慢に首を振る。案の定、億劫がっているのだ。
「でも、汗で冷えてしまっていますよ。…いくら貴方が結構丈夫でもね、身体にいいはず
がない。…歩くのがお嫌なのでしたら、俺が風呂場に連れて行きますよ。…おんぶして」
カカシはしぶしぶ敷布から顔を上げた。
「…抱いて、じゃなくておんぶ? 素っ裸でおんぶ…?」
それはちょっと恥ずかしい。
「誰も見てやしませんからいいでしょう。だっておぶった方が俺も楽だし…色々と」
「……わ〜かりましたよ。……んも〜、結構意地が悪いんだからな〜…」
誰が意地悪ですか、とイルカはカカシの手首をつかんでヨイショ、と引っ張る。
「本当に意地が悪かったらね、自分だけ風呂に入ってさっぱりして、貴方が身体冷やして
風邪をひくのを黙って見ていますよ」
ハイハイ、私が悪ぅございました〜と小さな声で呟きながらカカシはイルカに手を引かれ
るままに身体を起こした。
イルカはカカシの肩を抱きとめ、そしてある事に気づいて驚いたように軽く眼を瞠った。
「…カカシ先生、これは……貴方、五代目の…ツナデ様にもう……?」
ああ、とカカシは自分の左肩より少し下、二の腕の上部を指で辿る。
「…いえ。…この刻印は……ツナデ姫に頂いたモンじゃないですよ」
はあ? とイルカは訝しげな表情になった。
「いやでも…しかし……」
カカシは薄っすらと笑う。
「……ま、普通はね。この刻印は現火影暗部のしるしですからねえ。…これはツナデ姫の
刻印でなきゃいけないんですが。これは、姫のでも、三代目のでもないんです」
では、とイルカは少し眉を寄せた。
「そう、これは四代目の刻印です」
「そんな…暗部は火影様直属の部隊である証に、その刻印を当の火影様に頂くものではな
かったですか。そして――そして、その刻印を施した火影様が…亡くなった時は……」
カカシの笑みは悪戯めいたものに変わった。
「その刻印は消える。……普通はね」
「カカシ先生」
カカシは暗部の刻印を指先で愛しそうに撫で、笑みを浮かべたまま薄闇を見据えた。
「……オレの、たった一度の我がまま。それを彼は聞いてくれた。……オレは、生涯消え
ない刻印を……あの人に望んだんです…――」
あの時は、彼以外の火影に命を捧げる気になどならなかったから。
「……ガキだったんですね。……他の奴等とは違うものが欲しかったんですよ。他の暗部
と同じなのが嫌だった。…自分が、彼にとって特別な存在なんだと思い込みたかったのか
もしれません。……バカ、でしょう。たかが、弟子だった……彼の部下だった、というだ
けで」
自嘲気味に語るカカシの左腕に刻まれたその刻印をじっと見つめていたイルカは、やがて
口を開いた。
「………特別だったんですよ」
「……え?」
イルカの眼が、静かな光を湛えていた。
「……でなきゃ、いくら弟子の頼みでも、こんな事を聞き入れるわけがない。……特別だ
ったんでしょう。……彼にとって、貴方は」
「イルカ先生………」
「…………たとえ自分が命を落としたとしても、生涯消えない刻印を貴方に残す。永遠に
自分だけの暗部にする、なんて―――そんな掟破りな真似、普通しませんよ。………クソ」
「え?」
カカシは耳を疑った。何か、恋人のセリフの最後に汚いコトバが入ったような気がする。
彼は極力そういう言葉を使わないように気をつけていると言っていたような記憶があるの
だが―――気のせいだったのだろうか。
イルカは唸った。
「………貴方と四代目様は師弟関係であって、色恋はなかった……ということですが……」
カカシは慌てて首を振る。
「ということ、じゃなくって、ホントに色恋なんてありませんから! オレは先生…いや、
四代目が好きだったけど、今イルカ先生が好きっていう気持ちとは全然違うから!」
度合いはかなり違うかもしれないが、四代目に対する自分の感情ベクトルは、ナルトがイ
ルカに向かって『先生、大好きだってばよ』と言うのとほぼ同じだと思う。
「…でも、妬ける」
ポツンと呟いたイルカはカカシの肩に唇を落とした。
「………妬ける?」
「そりゃあ妬けますよ。……色恋じゃなかったとしても、貴方と彼の間には今も尚色褪せ
ない絆があるのだと思うと。…ハハ…ッ…俺も結構心が狭いですね」
カカシは己の刻印に沿って指を滑らせながらしばらく黙って考えていたが、やがて静かに
呟いた。
「………イルカ先生がコレを見て嫌な気持ちになるのなら、消します」
イルカは驚いて顔を上げた。
「は? だって消えないんでしょ?」
「物理的な方法はいくらだってありますよ。焼き潰すとか、皮膚を剥ぐとか。……オレの
身体からこの刻印を消し去ることなんて、簡単に出来ます」
イルカの顔が途端に険しくなった。
「何を言うんですか! そんな方法を取ってまで、消して欲しいわけないでしょう!」
だって、と言いかけたカカシの言葉をイルカは首を振って遮った。
「……いえ、すみません……馬鹿なことを口走った俺が悪いんですね。……俺はただ…た
だ、四代目様が少し羨ましかっただけなんです。貴方に生涯消えることの無い自分の心の
証を残した彼が……」
イルカは薄っすらと微苦笑を浮かべる。
「俺の馬鹿な悋気の所為で貴方の身体が傷ついたりしたら……それこそ俺、耐えられませ
ん。カカシ先生はそのままでいいんです。…その刻印ごと、俺は貴方が好きですよ」
カカシの気持ちはわかる気がする。
火影となった時点で、彼の先生は『里の皆のもの』になってしまったのだから。それはカ
カシにとって寂しい事だっただろう。
カカシが暗部となれる程の実力があったのは、彼に―――いや、お互いにとって僥倖であ
ったのかもしれない。
「………ありがと……イルカせんせ…」
「いえ…俺こそ、変な事言ってすみませんでした」
イルカは内心冷や汗をかいていた。危なかった。
カカシは出来もしない事を口にはしない。「まさか本当にやるとは」を実際にやってのける
のだ。
先に口に出してくれて良かった。気づいた時は既に腕を焼いた後だったりしたら、取り返
しがつかなくなるところだった。
イルカはお詫びのように、そっと丁寧なくちづけをした。
「………ああそうだ、シャワーでしたね」
ベッドから降りようとするイルカをカカシは引きとめた。
「せんせ……シャワーの前に、もう一回しよ」
「な………これ以上やったら、貴方の腰がイッちまいますよ」
ハハ、とカカシは笑った。
「…ってコトは、イルカ先生にはまだ余力があるんですね?」
イルカは赤くなって首を振った。
「………やって出来ない事はないですが……って…ああ、いやダメですよ。明日辛い思い
したくないでしょう」
そんなイルカの腕をつかみ、カカシはずい、と身体を近づけた。
「……………してよ」
「………カカシさん?」
「……して」
カカシは色違いの双眸でイルカに微笑みかける。
「オレの、身体の中に、アンタを…刻みつけて」
「………………」
コク、と小さくイルカの咽喉が鳴った。
もう、何度も。
何度も、数え切れないくらい身体を重ねたのに。
それでもまだ、カカシのこの眼に射られると口の中がカラカラになる。

 
 
身体の中に。
胸の奥に。
魂に。

その存在を、刻み込めと。
―――色違いの双眸は妖艶に微笑んだ。

 



 

だいぶ前に途中まで書きかけて、フォルダに中に放置してあったシロモノ発見。
四代目の命日に小ネタでUPしようかと、少し書き足したら小ネタではなくなってしまった………(またか)………ので、普通にUP。
今回も
捏造設定満載。
あの、暗部のイレズミね。(ってか、あれマジにイレズミ?)
忍が死んでも後に残るようなイレズミしてるのってどーよ、と思ったのがきっかけだったような……?
ちなみにこの捏造設定の場合、カカシが死んだら刻印は消えます。
妄想戯言SSでございましたー………

05/10/13

 

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