どうしよう

 

「あ」
口に突っ込んでから気がついた。
この歯ブラシ、オレのじゃない。
緑のラインが入っているのはイルカ先生のだった。
オレは歯ブラシを口に入れたまま固まってしまった。
……どうしよう。
ちらりと洗面台の端に乗っかっている歯ブラシ立てに目をやる。
そこにはもう結構使い込んだ青いラインのオレの歯ブラシが。
いっそ、ピンクとか赤とかのわかりやすい色のにすれば良かったのかもしれない。
歯ブラシと言う物は限りなく個人限定使用のアイテムである。
タオルや洗面器は共有しても、歯ブラシはまず共有しない。どんなに仲が良くても、一緒の歯ブラシで済ませているカップルってあんまりいないんじゃないか?
何つーか、さんざっぱらキスとかしたりしてお互いの唾液まで飲んじゃってるような関係でも、こういう物は別なんだな。
どういうわけか、オレは彼の歯ブラシを口に入れた事が、もの凄いミスに思えてしまった。
……どうしよう。
もちろん、オレ自身は別に彼の歯ブラシが気持ち悪かったわけでは決して無い。
彼に悪い事をした。
そう、思ってしまったのだ。
……どうしよう。
仕方ない、念入りに洗って戻しておこう。
やっと硬直が解けたオレは、口から彼の歯ブラシを抜こうとした。
そこへ、何とも間が悪く彼が顔を出す。
普段一緒に歯を磨いたりするのは珍しくない。蛇口を譲り合って、上手い事二人で一緒に洗面作業を済ませるのだ。
「あれ?」
歯ブラシに手を伸ばしたイルカ先生はすぐに気づいたらしい。
オレは自分のドジを恥ずかしく思いながらぴょこんと頭を下げた。
「…ごめんなふぁい。まひがえまひた…ふぐあらいまふ」
イルカ先生はなるほど? と苦笑をもらした。
「さてはまだ半分寝てるんでしょう」
そしてオレの青いライン入りの歯ブラシを手に取ってサッと水道水をかけ、歯磨き粉をにゅるりと擦りつける。……どうするつもりなのかな。
イルカ先生はそれをほい、とオレの方に向けながら自分の歯ブラシをオレの口から抜き取る。差し出された自分の歯ブラシを反射的に咥えながらオレはイルカ先生の行動を見守った。
…どうする気だ? 彼は。
イルカ先生は、オレから抜き取った歯ブラシを洗うでもなく、そのまま少し歯磨き粉を足して自分の口に突っ込んでしまった。
「…………」
イルカ先生はしゃこしゃこ、と歯を磨いている。
何も気にした様子は無い。
それをただ見ているのもバカみたいなので、オレも自分の歯ブラシで歯磨きを再開する。
オレが気にするほど、彼はオレのミスを気にしないのか。
それにしてもよくわからん人だ。
本当に全然頓着していないのなら、こういう場面での行動は『何も気にせず自分も相手の歯ブラシを使う』ではなかろうか?
だが、彼はわざわざ取り替えた。それはやはり、自分ので磨きたかったってコトだよな?
だけどオレが使いかけていたソイツを洗いもせずに使うあたりの神経がよくわからない…
顔を洗い終わってから、オレは率直にそこら辺りの事を訊いてみた。
すると、彼はきょとんとオレを見返した。
「え? 俺、おかしい事しました?」
………マジで何も考えずに取った行動だったらしい。
「いや、おかしいっつーか……や、いいんですが……アナタがいいんなら…」
オレがぼそぼそと呟くと、イルカ先生はちょっと考えて「ああそうか」と頷いた。
「そりゃ、他の奴が俺の歯ブラシ咥えてたらもうそんなもん使う気もしませんが。ゴミ箱行きか、掃除用に格下げにしてやりますけどね。……カカシ先生が咥える分には俺何も気になりませんから。でも、まあ一応仮にも『専用』なんだからやっぱり自分のを使った方がいいかなあと思って取り替えたんですよ。ああいうのって、自分のクセがついちゃうでしょ。カカシ先生も、口に入れてから違和感に気づいたんじゃないですか? 自分のじゃないって」
その通りだ。
いつもと感触が違った。だからすぐに自分のミスに気づいたんだ、オレは。
イルカ先生は自分のとオレの歯ブラシを改めて眺めた。
「…両方とも結構広がってきちゃってますね。買い換えましょうか。…今度は違うヤツにします? 今度の休みにでも一緒に買いに行きましょう」
オレは何だか必要以上にブンブンと頷いてしまった。

イルカ先生は自分の歯ブラシをオレが使っても平気。
休日の昼下がりにはお揃いの歯ブラシを一緒に買いに行く。

 
ああ、どうしよう。
こんなささやかな事がメチャクチャに嬉しい。

 

 



 

イルカカ日常風景。
ただのバカップル・・・TT
風呂に入って歯を磨きながら思いついたしょーもないネタでした・・・
これってばオトメカカシ?

04/5/23

 

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