あるこほる

 

年も押し迫った十二月の末日。つまり、大晦日。
オレは二件立て続けに入った任務を終え、三週間ぶりに里に戻った。
この冬は例年よりも気温が下がった所為で、十二月の頭から雪が降る事が多くなり。
時々薄っすらと里全体が白く雪化粧することも多かったらしいが。
オレが戻った時は、ここは雪の国かと思うくらい雪が積もっていた。オレもこの里に生まれ育ち、何度も冬を過ごしているがここまで積もるのは珍しい。
こんな時は、報告を済ませたらさっさと自分の部屋に戻って、あったかい風呂に入って寝てしまいたい。起きたらきっと、イルカ先生が美味しい雑煮を用意してくれているに違いないんだから。
なのにな。
オレが里に帰還したその日。
ツナデ様が『慰労&忘年会』とか称して、手の空いている中忍・上忍を集めて宴会を開いてしまったのだ。
何故に大晦日にそんなもん開くんだ?
いや、わかっている。
彼女は彼女なりに、オレ達を労わってくれているんだろう。たとえ、その動機の半分以上が、ご自分が飲みたいだけなんだとしても。
オレは出来たら宴会なんかパスしたかったんだが。(疲れていたし)
こうなったらフカフカのベッドで恋人の腕の中、夢の国に行くという希望は叶うわけが無い。
こんな時、イルカ先生がツナデ様につかまって色々とこき使われるのは明白だからだ。そこで仕方無しにオレも付き合うことにした。
「おぉら、カカシ! 飲んでおるか?」
ああ。既にだいぶ出来上がっている火影姫様が絡んで来た。
どうしてこの御方は大して強くも無いのにお好きなんだろう。酒も、賭け事も。
「あーハイハイ、ツナデ様。頂いておりますよー」
「うむ、お前は今回の任務の功労者だ! うんと飲めぃ!」
あろうことか、ツナデ姫様はオレの隣にどかっと腰を据えてしまった。
ぐいっと突き出されたお銚子を「もう私は…」とやんわりと断ろうとしたのだが。
「ぅおら、この私の酒が飲めんというのか!」
と、パワハラ上司炸裂なお言葉と共に、手に持ったお猪口になみなみと酒を注がれてしまった。
「………ありがたく頂戴いたします」
うむっとツナデ様は頷いた。このヨッパライ火影めが。
皆が皆、あんたみたいに酒が好きなわけじゃないってのよ、本当に。
オレはね、茄子の味噌汁をこよなく愛する男なんだから。それもイルカ先生の作ったのはもう最高。
いや、イルカ先生が作ったものは何でも美味いんだけどね。
「ヨシヨシ。この私の酌で飲めるのをありがたく思えぃ」
ツナデ様はご機嫌だ。白い頬がピンク色に染まっている様は、可愛いんだけどな。
見かけはオレよっか年下だし。………見かけだけはな。
だってこの人、父さんとあんまり世代変わらないはず。…ってことは、殆どオレの母親ってトシなのよねえ。
この際、親孝行代わりだと思って、付き合ってさしあげるべきか。
オレは観念して口布をおろし、酒を口に運んだ。
ツナデ様はトロン、とした色っぽい目つきでオレを下からすくい上げるように見上げてくる。
「何か? ツナデ様」
「ん〜? ………ホント、似てきたと思ってなぁ……お前。………あの人に………」
古参の忍達がいっせいに息を呑んだ。(オレを含めて)
「ちょっと! ツナデ様!」
いきなり何を言い出すんだ、このヨッパライは! 父さんのこと覚えている奴ら(中傷していた奴らも含めて)はまだまだいっぱいいるってのに!
父さんが死んだ後のお見事な隠蔽工作のおかげで、オレの同世代を含めた若い連中は、白い牙を殉職した英雄だと思っているみたいだけど。
ああ、ツナデ様はあの時、里にいなかったからなあ……事実を知ってはいても、当時のあの空気を知らないんだ。だから、こんな席で父さんのことなんか言い出せる。
「あ〜、イヤかあ? 彼と比べられるのはぁ……そらま、そーだよなあ。お前、まだぜんっぜん負けてるもんなー………イロイロと」
「そういう問題じゃなくてっ!」
くすくすくす、とツナデ様は笑った。
「ああん? なぁに焦ってんのさ。…ったく、ツラだけじゃなくて、もーちっと中味も似ろよ、落ち着きの無い。そんなだからお前、未だに『白い牙の息子』扱いなんだぞ〜?」
おう…っ! ツナデ様のお言葉がグッサリ胸に突き刺さる。
どうせオレは単独で認められてないですよ。何かあると『写輪眼のカカシか!』じゃなくて、『白い牙の息子か!』って仰るのよね、親父をご存知の古い方々は。
「精進しろ、精進! しょーじんあるのみだぞ! ほら飲まんか!」
「………何でそこで飲むってハナシになるんです………」
オレは形だけは逆らわず、チビリと唇の先で酒をなめた。
ツナデ様はスゥッと眼を細める。
「知らないのかい。…彼はねぇ、酒にもすんごく強かったんだぞぉ? ウワバミ達が寄ってたかって潰そうとしたけど、一度も潰れたことが無い。どんなに量を飲もうと、度数が強いのを飲もうと、な。……逆に潰れちまった奴らが屍累々よろしくぶっ倒れてる中、一人涼しい顔でさあ……顔色も変えず、言葉も乱さず。かーっこよかったぞぉ?」
あの人が酒豪だったって? 俄かには信じ難いぞ、そんなハナシ。
「………知りませんよ。…父は、家では全く酒を飲みませんでしたから」
少なくとも、オレの記憶にあるあの人は。
「そぉかあ? ん〜、まあそういや、自分から飲みたがったコトは無かったかな………」
変わりモンだったからなあ、と姫様は呟いた。
「お注ぎしますよ、ツナデ様。…父の話は、また今度の機会に聞かせてください」
目の前にあった銚子を持ち上げると、やけに軽い。何だ、カラか、と思った時、目の前にスッと新しい銚子が出て来た。
「お、すみませんね」
「…どういたしまして」
眼を上げると、そこにはオレが愛してやまない黒い瞳があった。
あああ、愛しのイルカ先生! 親父の話なんかどうでもいいから、今すぐこの人をお持ち帰りしたい。
んでもって、一緒のふとんで横になって、寝付くまであっちこっち撫でてもらうんだ。
気持ちいいんだよなぁ、あれ。ああ、想像しただけで幸せな気分になる。
でもその幸せは当分お預けだな。
ツナデ様はこの状態になってからが結構長いから。………クソ、サッサと酔いつぶれてくれたら………ダメか。オレは逃げられるが、イルカ先生がな………ちくしょう。一人で帰っても、意味が無いのに。
と、ここでオレは閃いた。さっき、ツナデ様がいい事言ってくれたじゃないか。
イルカ先生をお持ち帰りする、絶好の手がある。
「ささ、どーぞツナデ様」
「お? おお」
トクトクトク、とツナデ様の持った茶碗(既にお猪口ではなく茶碗)に酒を注ぐ。
姫様はそいつをグッとあおった。豪快な飲みっぷりだ。
「おっし、次はお前の番だぞ」
「は。では、ありがたく」
ふっふっふ。
この調子でガンガン飲む(フリをする)ぞ。
でもって、頃合を見てデロンデロンに酔った風を装い、イルカ先生をガッチリ確保。ワガママなヨッパライを演じて、せんせに連れ帰ってもらえばいいのだ。うむ、完璧。
酒を配り終えたイルカ先生はそこらのカラになった銚子を集め、立とうとする。
が、そのイルカ先生の肘をツナデ様がガッチリとつかんだ。
「イルカ。お前も一年ご苦労だったな! 飲め!」
「いや、私はまだ………」
「いいから飲めいっ! 無礼講だ! ほれ!」
無礼講ねえ………こういう場合の無礼講って、どうにでも解釈される、いい加減なものだからなあ……真に受けるとエライ目に遭うこともあるから要注意なんだよね。
イルカ先生はチラ、とオレを見てからツナデ様に突きつけられた茶碗を受け取る。
あ、オレが何か言うべきだったのか? でもこの場面でオレがしゃしゃり出るのもおかしいしなあ。
「では、一杯だけ頂戴します。まだ仕事がありますので」
「なーんだあ? アカデミーはまだ仕事が残ってんのかぁ?」
「いや、そういうわけではないんですが……この宴会の片付けとか………」
「お前はッ中忍だろう! そんな雑事は下忍にやらせろ! わかったな!」
「は? ………はあ……」
いつもイルカ先生をこき使ってんのはアンタだろー、と思うが、仰る事はもっともだ。
イルカ先生は下忍じゃないんだから、いつも雑事ばかりやる事はないと思う。
ツナデ様が銚子を傾けた。トクトクトク、といい音をたてて酒が注がれる。
「あ、恐縮です。ツナデ様にお酌して頂けるなんて光栄です」
ツナデ様はにしゃ、と笑った。
「よっし、お前は素直でいい! 見習え、カカシ」
やー、オレってば大変。一生、白い牙と比べられつつ精進し、尚且つイルカ先生も見習わなきゃならんのか。
「え〜? オレだってねぇ、素直! …結構素直ですよぉ? ツナデ様ってば酷いなあぁ……」
ん〜? とツナデ様は半眼でオレを見上げた後、何を思ったのかやにわに手を伸ばし、オレの頭をグシャグシャッと撫でた。
「………いきなり何なさるんですか、ツナデ様………」
「いやいや、そういやお前はいい子だよなぁ、と思ってな。だから撫でてやったんだ。…カカシは、いい子だ」
「そりゃ………どーも………」
このトシでイイコとか言われてもな。
だが、ツナデ様はまだオレの髪をヨシヨシと撫でている。
「思えばなぁ。……大蛇丸とか……ウチハのガキが、捻くれて里抜けしたコトを考えるとさ………お前は、偉いよ。………お前は誰も恨まず、ちゃんと里の為に働いてるじゃないか………たった一人の親が、あーんな死に方したってのにサ………」
その場の空気が、凍った。
オレの、僅かな酔いも一気に醒める。
オレの口からは思わず弁解(?)じみた言葉が飛び出していた。
「そ、それはですね! 遺言だったからですよ。父さんは死ぬ時、誰も恨んでなかった。お前も誰も恨んではいけないと、そう言い遺したんです。父さん以外は誰も恨んではいけないよ、と。……だから………」
オレがそこまで言った時、ガチャン、と食器が落ちる音が響いた。
と同時に、誰かが「たいちょおぉぉぉお〜〜〜〜!」という雄叫びをあげ、号泣し始める。
「すんません〜〜〜っ! たいちょおお〜〜〜〜………うおぉぉぉお〜ん………」
………隊長って、もしかして父さんのコト? あ、泣いてるオッサン、父さんの元部下だ。
そのオッサンにつられて、あっちこっちで(オッサン達の)号泣が始まる。何てこった。
ヤバイ。酔っているのはツナデ様だけじゃなかったんだ。
どうしようかね、この俄かに巻き起こった愁嘆場を…と途方にくれるオレをよそに、爆弾を落としてくれたツナデ様は号泣するオッサン達を一瞥した後、コテン、と横になってしまった。
その時、オレは確かに見た。彼女の口の端に、してやったりな嘲笑が浮かんだのを。
まさか―――………
その時、オレと彼女の間にサッと割り込んだのは、ツナデ様の有能な付き人、シズネさんだった。
「あらあら、ツナデ様ったらこんな所でお休みになってはいけませんよ。ささ、お部屋に戻りましょう。………皆様はどうぞごゆっくり。では、よいお年を」
何か示し合わせてあったんじゃないかい、と疑ってしまうほどの鮮やかさで、シズネ女史はツナデ様を連れてサッサと退場してしまった。
………………そりゃないでしょ、おい。………どーすんだこの惨状。
と、誰かがガバッと抱きついてきた。
「許してくださいぃ〜いッ! 隊長〜ぉ………」
酒臭いぞコラ、このオッサン!
「…ちょっ…オレは父さんじゃないですから! 放してください!」
ジタバタしてたら、イルカ先生がオレからオッサンを引き剥がしてくれた。
「はいはい、この人はサクモ様じゃなくてカカシさんです。……それから、サクモ様は誰も恨んでいらっしゃいませんよ。だからもういいんです」
オッサンはまだベソベソと泣いている。うーん、悪い酒だな。
「お、お前に何がわかるぅぅ〜〜この若造がぁ………」
「はぁ、すみません。…でも、カカシさんを見ていたら、わかる事もありますので。……サクモ様は、とっくに貴方達を許して……いいえ、最初から恨みなどお持ちではなかったのだと」
酔っぱらいのオッサンは、子供みたいな顔でキョトンとイルカ先生を見た。
「………そう………だろうか。………だって、オレ達は………あの人に………」
酷い事をしたのに、とオッサンは口の中で呟いた。
そっか。
………父さんに死なれてしまって苦しい思いをしていたのは、オレや先生達だけじゃなかったんだ。
父さんの部下だったこのオッサン達もきっと、胸の中に苦しいしこりを抱えて今まで生きてきたんだな。
イルカ先生は低くひっそりと、だがよく通る声で言った。
「ええ。だって、でなければカカシさんがこうして、ここにいるわけがないじゃないですか。…サクモ様は、ご自分のお子さんに怨恨を言い含めたりしなかった。許していた。…そうして、すべてを引き受けてくださったんです。………俺は、そう思います」
イルカ先生のその言葉は、連鎖反応的に号泣していたすべてのオッサン達の耳に届いたようだった。
号泣が、静かなすすり泣きに変わる。
その当時の『白い牙事件』を知らなくて、何が起きているのかわからずオロオロしていた若い忍達が、わからないなりに古参の忍達の背を撫でたり、手拭を差し出したりして介抱し始めた。
イルカ先生は、オレに目配せをした。
あーハイハイ。この場はオレが収めないといかんわけね。面倒だが仕方ない。
オレはよっこいしょ、と立ち上がって一同を見回した。
「え〜っと、何だかお騒がせしました〜。ツナデ姫様はひどく酔ってらっしゃいましたので、きっとご自分の発言はご記憶にないと思われます。ついでにオレも酔ってますんで、今夜の事は明日には忘れてます。……ささ、皆さんも験直しにもっと飲んで、昔の事なんざ酔いと共に吹っ飛ばして忘れてください。………あ〜、そこらに潜んでいる暗部! 皆さんに酌して回んなさい! 先輩命令ね」
ざざざん、と暗部達が宴会場に降ってきた。
いきなりの暗部登場に皆さんビビリ、宴会場の空気はまた一変する。
しかし、お面の暗部達がせっせとお酌をしてまわったことで、強制的にだがまた宴会らしいムードになってきた。よーし、これでいい。
先輩の言う事をよく聞く可愛い後輩達だねえ。今度何かおごってやろう。
「………カカシさん」
イルカ先生の小さな呼びかけに、オレは頷いた。
「………オレも酔っちゃいました。せんせ、連れて帰って」
「はい」
宴会場を去るオレ達を引き止める者は、いなかった。

「………うは、さむ………」
雪はやんでいたが、外は積もった雪で真っ白で。
空気は凍てついていて、深く息を吸うと胸が痛くなるほどだった。
きゅ、きゅ、と足の下で雪が鳴く。
「大丈夫ですか? カカシさん」
「あ……ええ、大丈夫です。すみません……いえ、ありがとうね、イルカせんせ」
「………何か御礼を言われるようなことをしましたかね? 俺」
そう言いながら、イルカ先生はいつの間にか手にしていたマフラーをオレの首に巻いてくれた。
「………オレの代わりに、父さんの気持ちを代弁をしてくれたでしょ」
いいえ、とイルカ先生は首を振った。
「第三者のくせに、出過ぎたことを言ってしまったな、と思っています。…すみません、黙っていられなくて」
「………いやあ何かね、ああいうのって、オレが言ってもあんまり効果無かったと思うんで………ありがとうでした」
「とんでもないです。………それにしてもツナデ様。あれは、わざとですね」
オレはイルカ先生の横顔を見た。
「………やっぱ、そう思います?」
「ああいう宴会って、任務の都合がありますから参加する顔ぶれは大抵違うでしょう。…今回はたまたま、サクモ様の部下だった古参の方々が多くいらっしゃるのに気づかれたのではないでしょうか」
「………だとしても、どうして………」
想像ですが、とイルカ先生は前置きをした。
「ツナデ様は、サクモ様と仲のいいご友人だったようですから。………彼を裏切った当時の部下の方々を、許してはいなかったのかもしれませんね。でも、表立って非難することは出来ない。それで、酒の席で酔いに任せて嫌がらせをなさったのでは?」
ああ………やっぱり。『ザマぁみろ』って顔していたからな、ツナデ様。
いいのかね、仮にも火影が、そういう個人的な意趣返しなんかして。
「そうかもしれませんねえ。………しかし、おかげでオレは冷や汗かきましたよ」
「………お察しします」
「………でもね、先生。…オレもね、意外とわかってなかったんです。………あの人達も父さんの事件で傷ついていたって事、知らないでいた。………あんなに泣くほど、苦しい思いを忘れられないでいたんだなって」
イルカ先生は微笑んだ。
「では、泣けて良かったのかもしれませんね………あの方々も。……きっと、ずっと謝りたかったんですよ。………サクモ様と、貴方に」
「…ツナデ様は、そこんとこもわかっていたってことでしょうか」
「さあ、そこはわかりかねますが。…食えない御仁ですからね、あの方も」
たぶん、あの事件では彼女も傷ついていたのだ、と思う。
ツナデ様と父さんは、本当にいい友人同士だったのだ。その友人が、事もあろうに己の里の仲間によって、死に追いやられた。さぞ、ショックだっただろう。
何も出来なかった自分を、責めていたのかもしれない。彼女には何の責任も無いのに。
久し振りに里に戻って、当時の忍達の顔を見た彼女は何を思ったのだろう。
あるいは彼女は、オレを使って彼らを試したのかもしれない。
その心にまだ、白い牙を死なせた負い目が存在しているかどうかを。
白い牙の息子としては、その彼女の友情(?)を喜ぶべきなのだろうか。
いずれにせよ、もうああいう場で父さんの名前を出すのは勘弁して欲しい。…すごく心臓に悪いから。
はあ、とオレはため息をついた。冷たい夜気に息が凍る。
雪でほの明るい夜道の先に、赤い提灯が見えた。
「………なんか、この寒さですっかり酔いが醒めちゃいました。…ねえ、ちょっと飲み直しませんか? …イルカ先生も、あんな一杯だけじゃもの足りないでしょ」
「おや、ツナデ様に結構飲まされていたみたいですが。…大丈夫なんですか?」
「む。……オレだってね、そんな弱くはないんですよ? 父さんほどじゃないにしろ」
父さんが本当に酒豪だったかどうかは、わからんけどね。
でも、カッコイイ男だったのは本当だと思う。何せ、あのツナデ様が男をベタ褒めするなんて、滅多にないことだものな。
「………くやしいなあ………」
いかん。思わず本音が漏れてしまった。
「何か言いました?」
「……や、別に何でもないです」
少しの間、黙ってオレの隣をざくざくと歩いていたイルカ先生は、やがてポツンと呟いた。
「………カカシさんは、カカシさんですよ」
ちゃんと聞こえてはいたけど、オレはすっとぼけた。
「え? 今、何て?」
「何でもないですよ」
イルカ先生は、にっこりといつも通りの笑みを浮かべる。
ああ、愛すべきその笑顔。その瞳。
オレ達は自然に顔を寄せる。
口づけを交わそうとしたその時、ごぉーん、という鐘の音が遠くから聞こえてきた。
新年の鐘だ。
オレ達は顔を見合わせ、そうしてお互いにぺこんと頭を下げた。
「あけましておめでとうございます、イルカ先生」
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします、カカシさん」
「はい、こちらこそよろしくです」
改めて、ちゅっと軽くキスをする。
何だか、妙な場所で新年を迎えてしまった。まあ、たまにはいいか、こういうのも。
イルカ先生と一緒に新年を迎えられたのなら、そこが何処でも関係ない。
「………えーと、飲み直しじゃなくて、新年を祝しての祝い酒、ですね」
言った途端、くしゃん、とクシャミが出る。
「おっと、急ぎましょう。風邪をひいてしまう」
「はいはい」
オレ達は、急ぎ足で歩き出した。
足の下で、雪がきゅっきゅと鳴いている。二人分の、足音だ。
向かう先が赤提灯じゃ、ムードもへったくれもないけれど。
これが幸せってモンだろう。
 



 

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