十二年目の伝言=ラブレター=
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「…自来也様……」 酒の入ったイルカの遠慮と警戒心は酔いの分だけ薄れていた。 「おう、なんじゃ」 「…俺……お聞きしたいことが…昔の…事で…」 ふふ、と自来也は鼻先で笑った。 「昔のカカシの話でも聞きたいか」 いいえ、とイルカは首を振る。 「…違うんです…俺…俺は……その、四代目の事が…知りたくて…伝説じゃなくて、生き た彼が知りたくて……自来也様は、四代目のお師匠様であらせられたと聞いております。 誰よりも四代目をご存知でありましょう…?」 自来也は瞬間、虚を突かれたような顔をした。 「……アレの事を…?」 イルカは少し首を傾げ、訂正する。 「あ…正直言えば、結局はカカシ先生の事を知りたいと言うのと同じかもしれませんが… つまるところ、カカシ先生をお育てになり、今でもあれほどまでに彼の敬愛を受けてらっ しゃる方の事を俺は…知りたいのだと思います…」 自来也はしばし目を伏せ、考え込む。 その沈黙に、イルカは自分がとんだ無神経な質問をしたのだと思った。 手塩にかけ、火影の名を受け継ぐまでに育てた弟子に先に逝かれた彼の心内を考えるので あった――― イルカは慌てて頭を下げる。 「あの、不躾なことを―――申し訳、ございません。お忘れになって下さい」 自来也は顔を上げた。 「…ああ、よいよい。気を遣わんでもな……あの子も今のカカシを見れば喜んだ事だろう と思っただけさ……あいつなりに可愛がって、おったからな…」 「自来也様…」 「…ふむ、お前さんが取材に協力するのなら、昔話のひとつもしてやってもよいぞ」 「…………取材、ですか…?」 自来也はニィッと唇の端を上げる。 「カタイもんじゃないっての…ネタ代わりにの、カカシとの艶話でも聞かせてもらおうか い」 イルカはカァッと赤くなった。 「自来也様…! ご冗談も……」 「お前さんな、ああいう話を書いておるワシが冗談でそういう事を聞くと思うのか? ど うだ、カカシは具合が良いか…?」 イルカはぶんぶん首を振った。 「そそそ、そんな……っ…」 「なんじゃ、良くないのか」 「良くないなんて言っておりませんっ!」 「では、良いのだな」 「……………………………………」 首筋の方までイルカが赤く染まっていくのを見て、自来也は目を丸くした。 (おうおう、カカシのヤツ、とんだウブな男をつかまえたもんだ……しかしマァ、肝は据 わった男のようだのお……) 「…そいじゃ、質問を変えようかの。…お前さんは元から衆道の趣味があったのか?」 イルカはぐっと茶を飲み込み、首を振った。 「…たぶん…違うとは思うのですが……」 そして、微苦笑を浮かべた。 「でも、ダメな人はどんなに頑張っても同性相手にその気になれるものではないでしょう。 俺は……相手が彼ならその気になれる。…そう言う意味では、少しはそのケがあったのか もしれませんね。…でも、普通に女性相手だって、相手が女ならいいってものじゃないで しょう…? 女だってそうです。相手が男なら誰でもいいなんて人、いないと思います。 …だから……」 「…キモチの問題、かの?」 イルカは頷いた。 「……彼との最初のくちづけに嫌悪感も拒否感も感じませんでした。…覚えたのは羞恥と 危機感だけです」 ほう、と自来也は面白そうに先を促す。 「危機感?」 もしかしたら、彼に惹かれ、溺れるかもしれないという危機感をイルカは最初のくちづけ の時に感じたのだが、そこまで詳しく自来也に語る気にはなれなかった。 曖昧に微笑んで誤魔化す。 「俺が本当にその手の事がダメだったら、最初のくちづけの時に彼を突き飛ばしていたで しょう。…彼が上忍でも」 そうか、そうかと自来也はひとり頷いた。 「………いや、なるほどなるほど純愛しとるのぉ…聞いとる方がこそばゆいわ」 なら訊くな、とイルカは胸中で突っ込む。 「執筆のご参考になるようなものでなくて申し訳ありません」 「いいや。参考にはなったぞ。……今度はな、ちょいと毛色の違う恋愛小説を書いてみた いのでのお…ふむ、ごく普通に生きてきた青年がひょんな事から男と恋愛! ウケるぞ。 …知っておるか、青年。うら若き婦女子の中には、王子様が出てくる夢のような恋愛劇も お好きだが、何故か男同士のソレも大好きというおなごもいるのだ」 「…………………………………何でですか…?」 「いやだから、『何故か』なんだっつの……ワシとて、おなごのそういうワケのわからん趣 味は理解出来んわ」 よくわからない話だとイルカは首を傾げつつも、自来也がそう言うならそうなのかもしれ ないな、と思う。 アカデミーにもおませな女の子達は大勢いる。カカシとの間柄を興味本位に噂されたくは ない。今後は構内での言動に少し気をつけよう、とイルカは心に誓った。 「………自来也様のお書きになるのはあくまで虚構ですよね…? お願いですからその登 場人物を忍とかに設定しないで下さいよ…? 読んだ人達が忍はみんな同性愛主義なのだ と誤解したら困りますから」 「あー? いらん心配すんなっつの。お前さんを主人公にしたら、娯楽エロホモ小説じゃ なくて禁断の愛を描いた純文学になっちまいそうだからの。第一、そんな物を書いた日に はワシはカカシに殺される」 いくらカカシが強くても、三忍は別格だ。敵う筈が無い。 言葉のアヤとはいえ、ムキになって自来也に向かっていくカカシを瞬間想像してしまった イルカは「ぷ」と噴きだした。 自来也もにんまりと笑う。 「まぁそうさな、ワシもまだまだあんなヒヨコ上忍に負けはせんがの」 写輪眼のカカシがヒヨコ上忍―――イルカの笑顔は引き攣った。 「ヒヨコ…ですか…」 「ワシから見ればの話よ。……カカシはまだ師匠を越えられぬ。……あの子は…四代目は、 ちゃんとワシを越えて火影になりよった」 「その論法ですと、カカシ先生は火影にならねば一人前ではないと言う事になりますが」 「……たとえアイツが火影の名を継いでも…心がずっと四代目の影を追いかけている限り、 越えたとは言えまい…の。…それほどまでに…カカシにとって、アレの存在は大きかった という事になるが」 それはイルカにもわかっていた。 四代目がカカシの中で、どれほど大きな存在か――嫌と言うほどわかるから、妙な悋気も 生まれてしまうのだ。イルカはそんな自分の気持ちを誤魔化すように、微笑んだ。 「……なら、俺など自来也様からご覧になったら未熟もいいところですね」 自来也は懐からキセルを取り出して吸い付けながら唇の端で笑う。 「さあのう……そう言いきってしまえるほどワシはお前さんの事を知らぬが…カカシの言 葉を通して見えた『イルカ先生』と本人にそう違いが見えんところをみると、お前さんは 少なくともカカシよりはマシだの」 「はあ?」 イルカは思わず声を上げた。 カカシは上忍で、自分は中忍だ。 それだけでも大した能力差なのに。しかも彼は『写輪眼のカカシ』。上忍の中でもスペシャ ルクラスである。 「…ご冗談を、自来也様……」 「……ある程度育った下忍を指導するのも、なぁんも知らんガキに基礎を教えるのもしん どい仕事だ。いや…責任で言えば下忍にまで育てる方がキツイ。…ワシも下忍を預かって おったからのォ…よう、わかる」 「…自来也…様」 自来也は「ふーぃ」と煙を吐き出した。 「そうそう…アレの話だったな―――アレは……四代目は…利発で素直な子供ではあった。 ……だが、どうにも不器用なところもあったの」 自来也が自分の『質問』に答え始めてくれているのに気づいたイルカは、居ずまいを正し た。 「いやしかし……それにも増して難しいガキだったかもしれん。その意味ではカカシもよ う似ておるわい。一歩道を踏み間違えたらとんでもない事になるってェ類のガキよ。腹ン 中に爆弾を抱えておるような、危ないガキってェ意味でな」 「腹の中に…爆弾、ですか……」 イルカは、瞬間ナルトの顔を思い出した。 あの子も、否応なく背負わされた爆弾を抱えた子供だ。 「…そうさな……諸刃の剣…という意味ではの…上手く自分の物に出来れば良し。…一歩 間違えば、自らを滅ぼす危険な力じゃな」 やはり連鎖だな、とイルカは思った。 力の連鎖だ。 そういう力を秘めた四代目をこの自来也が育て、四代目がカカシを育て。そして今、カカ シがナルトとサスケの面倒を見ている。 ククク、と突然自来也は笑った。 「しかしカカシよりも四代目の方がクセモノだったの。カカシは四代目以外にはなかなか 懐かない可愛げのないガキだったが、その分わかりやすかった。…四代目はのォ…愛想が 良すぎてかえって怖いというか……なぁに考えておるのか底が知れん男だった」 「…自来也様…にもですか?」 自来也はふむ、と天井を見上げた。 「……ガキの頃はまァ、それなりに単純なところもあったわ…育っちまってからは…時々、 かの。…時々素直に我がままこく事もあったがな。それ以外は涼しい顔をしてぜぇんぶ腹 ン中にしまい込んじまうヤツだったの。そういう意味ではまったくもって可愛くなかった」 イルカは微笑んだ。 「自来也様は、もっと四代目が我がままを言ってくれれば良かったとお思いになっている ように聞こえますが」 自来也はほんの少し赤くなった。 「ううむ…やっぱり…そういう事なのかの…」 唇を曲げ、見上げた天井を睨む自来也。 「……のう、イルカ…」 「はい」 「もしもだぞ? もしもその…カカシが、いかなる時もお前を他の奴らと同程度にしか扱 わなかったら…お前どう思う」 イルカは自来也と同じように天井を見上げ、想像してみた。 「……いかなる時も…? それは…かなり…面白くないと言うか…不安と言うか……あ、 でも…それは…」 自来也はひょいと小指を立ててみせる。 「まぁそりゃあカカシはお前さんのコレだからの。面白くなくて当然だわ。…ちったァ特 別扱いして欲しいのが人情、だろう?」 イルカは赤面して顔を伏せた。 「……あ…そ、そうです…ね……」 イルカにとってカカシは特別な存在だから。 カカシにとっても自分は特別でありたい。 なのに、カカシが自分にも誰にも彼にも同じ顔しか見せなかったらこれはかなりキツイ。 そこまで考えて、イルカははた、と顔を上げた。 四代目と自来也の間柄を考えるに、ここで例えとして挙げられるべきはカカシではなく、 ナルト達ではなかろうか? ナルトはイルカに懐いているし、イルカも他の生徒に比べて彼に目を掛けてしまっている という自覚はあった。 だがナルトがカカシにも懐き始めたと気づいた時、自分はどう思ったか。 あの子が甘えて飛びつくのは自分だけであって欲しいなどと思っただろうか? いや、む しろナルトに『味方』が、『理解者』が増えた証拠だと、喜ばしく思ったではないか。 「………でも…自来也様…その、四代目は…お弟子さん…ですよね…?」 イルカが気づいた点に自来也も思い至り、思わず苦笑してしまった。 「……ああ、こりゃァしまったの……いかんなァ、お前さん勘が良すぎる」 「………………………………………え………」 ―――それって。 もしかしてもしかすると、師匠と弟子という括りでは収まらない関係…だった………とい う事か…?? イルカはぶんぶんっと頭を振って、自分の思考を否定しようとした。 まさか、そんな。あの、あの里の英雄が。 だが、イルカが必死に清廉な四代目のイメージを保とうとしているところへ、自来也がト ドメをくれる。 「やー、なっかなか手強くてなー、アレは。そこらの女より美形で色っぽかったが、カタ くてなー…やっと閨に引きずり込んでも、いっかな素直にならん。その代わり、素直にな った途端に今度は極端に我がままを言いおる。ワシが想像するに、閨の相手としてはカカ シの方が扱いやすい好い相方だと思うぞ?」 イルカは内心滂沱の涙を流して撃沈していた。 彼の事を知りたいと言ったのは自分だ。 だけど、そういう事を知りたかったわけではなかった―――ような気がする。 「…ま、お前さんとカカシの関係とはだいぶ違うわ、ワシらはな。……あの子はワシを恋 人などと思った事はなかっただろうし、ワシもそうかもしれん。………ただ、愛しい相手 ではあった。それだけじゃ」 イルカは顔を上げた。 「…自来也様…」 自来也が微笑う。 「…四代目とて、人の子よ。………心寂しく、人肌が恋しくなる事もある―――」 寂しい、という気持ちの本当の意味での辛さを――孤独のもたらす底冷えのする冷たさを、 イルカは身を持って知っている。 四代目もまた孤独な人であったのか――― 孤高、と言えば聞こえはいいが、切り立った崖の天辺に独りで在らねばならない心地は想 像するだけで震えが来る。 イルカの表情で、自来也は自分の言いたかった事を彼が理解したと知って安堵した。 (…カカシが相手に選んだ男、か…なるほど…人の心に聡い…) こんな男が本気で懐に入れてくれたのだとしたら、あの頑ななカカシが落ちるのも道理。 「…では……やはり四代目にとって、自来也様は特別な方だったのですね―――」 自来也の微笑が少し切なそうなものになった。 「そう、だろうか……」 イルカも微笑んだ。 「……寂しさを本当に癒してくれるのは、限られた相手です。…誰でもいいと言うわけで は…ないと俺は思うのです」 自来也は唇に微笑を残したまま、黙って酒を口に運んだ。 ややあって、「…そうかも…しれんの」と小さく呟く。 「ワシが…あれにとっての慰めに…少しでもなれていたと思いたい……」 虚構の、一見バカバカしい恋愛劇を書いてみせるこの作家は、どうやら自分の恋に関して はしごく真面目であるらしい。 イルカは、この遥か格上の雲上人のような忍に、初めて親近感を抱いた。 黙って、彼の杯に酒を満たす。 カカシを通して見えた四代目と、自来也を通して見え隠れする四代目には当然のことなが ら差が生じる。 だが、その差がかえって実際に近いであろう彼の姿をイルカの脳裏に描き出していた。 伝説に語られる彼も、カカシを可愛がっていた彼も、師匠に時折我がままをぶつけて甘え ていたという彼も、すべて『本当の四代目』なのだろう。 (…四代目の…何を知りたかったって…?) イルカは苦笑した。 彼は忍として超越した存在ではあったが、生身の人間であったのだ。 そんな事、わかりきっていたのに。 あの時彼は、出来れば、『全部』を救いたかったはずだ。 まだ少年だったカカシを置いていくことが辛くなかったわけがない。 自らの命を賭けるのは、最後の手段だったのだろう。 彼を『不器用者』と評した自来也の言葉が甦る。 なるほど、不器用な生き方をし、不器用な死に方をした人のようだ。 イルカ自身、自分が器用に生きているとは思えなかったが、かの青年の生き方はまた極端 であったような気がする。 ぽん、と自来也が膝を打つ。 「そうじゃ。……特別サービスでの、お前さんをアレに会わせてやろう。…本物ではない がな…。確かに、アレを一番よく知っておるのはワシだろうよ」 「自来也様…っ?」 「……カカシには内密にな」 自来也の指が印を結ぶ。 変化の印だ、とイルカが認識した時に、既に目の前には写真でしか見た事のない青年が立 っていた。 チャクラが発動した事も感じさせない、見事な変化だった。 流石は三忍、とイルカは心の中で感嘆する。 そして、自分よりほんの少し背の高い青年を見上げた。 これが、自来也の中に在る『四代目』なのだ。 写真というものは、人間のごく一部分しか写せないものだとイルカは悟る。 淡い金色の髪、カカシとは少し異なる蒼い瞳。 端正な造作だが、表情に愛嬌があった。 (本当に…愛して…いたんだな――――) 十年以上も自来也の中で色褪せず、『生きて』いた青年。 今、ここにいるのは四代目だ。 これからの彼の言動は、実際の彼が此処にいたらまさしくとるはずのものであろう。 自来也は彼を『演じて』いるのではなく、彼を『思い出して』いるだけなのだから。 にこ、と青年が微笑んだ。 「………カカシのこと、頼むね。…あの子、結構寂しがりだから」 柔らかくて品のある―――それでいて艶のある声だった。 イルカは知らず零れた涙をぬぐって、頷いた。 「……はい……四代目さま…」 そして、この人を失った事こそ、木ノ葉最大の損失であったのだと今更ながらに思い知る。 イルカは改めて心の底から惜しい、と思った。 ひとりの、木ノ葉の忍者として―――― ◆ 「はい、カカシ先生」 子供達の引率もとい任務監督から帰還したカカシを迎えての夕餉の膳で。 イルカは預かり物を彼に手渡した。 「ふわい?」 カカシは行儀悪く箸を咥えたまま(左手は茶碗を持ったまま)その包みを受け取る。 書店の紙袋に、それなりの硬さと重量。 すぐに書籍だと察したカカシは、箸と茶碗を置いてから中を見て声を上げる。 「わ、イチャパラ外伝シリーズ新刊! うわ、イルカ先生買っておいてくれたんですか?」 イルカはいいえ、と首を振った。 「それは貴方に渡しておくようにと預かった物です。…………作者さん自らサイン本にし て下さいました」 カカシは片眉を上げてイルカを見た。 「…………どこで……です?」 「商店街の書店で、サイン会があったんです。俺は偶然通りかかって……貴方に買ってお こうかと思った矢先、何故かご本人に呼ばれましてねえ。……その本をお預かりした次第 です」 カカシは本に眼を落とし、それから探るような視線をイルカに向けた。 「………………それだけ……ですか?」 「それだけとは?」 「本渡されて、ハイさよなら、で済んだんですか?」 流石は上忍。 いや、自来也との付き合いの長さからくる直感か。 「……いいえ。その後、夕飯の相伴に預かりました。ご存知でしょ? 仲通りの料亭」 目を見開くカカシに、イルカは微笑んでみせる。 「初めてお目に掛かりましたが。……良い方ですね……自来也様は」 カカシはハァ、と脱力した。 「あのオッサン……イルカ先生に興味持ったなあ? クソォ……オッサン、そいつがどう いうモンかもバラしたんですか?」 「………大まかには。内容までは知りませんよ。ちなみに、三代目への報告もまだですか ら」 カカシはガリガリ、と頭を掻いた。 「んん〜〜、そっか。アナタを信用したってわけだ……正体バラして、そいつの事まで教 えて、か……あー、そうだ。あンのエロ親父、アナタに妙な事言わなかったでしょうね」 「妙?」 カカシは赤くなった。 「その………オレと……イルカせんせの……」 ああ、とイルカは頷いた。 「そういう事ですか。でも、あの方に俺達の関係バラしちゃったの、貴方なんでしょう?」 カカシは慌てて弁解を始める。 「ごっごめんなさいっ……あの、話の成り行きと言うか、勢いと言うか……だって、あの エロ親父、人の事ガキんちょ扱いしてまだ恋人もいないんじゃろー、なんてからかうから …っ…つ、つい………もー誘導尋問上手くてあのガマ…」 ぷ、とイルカは噴き出した。 「俺は怒ってなんかいませんよ。…あの方から見れば、貴方さえまだ子供に見えてしまう のかと……不思議な感じでしたけどね。………もしかしたら俺、自来也様に検分されたの かもしれませんね。貴方の相手として」 カカシは思い切り眉を上げた。 「だとしたら余計なお世話ですっ! オレはオレの意志でアナタが好きで、一緒にいたい んですからっ! おっさんに認めてもらう必要なんてっ」 イルカは苦笑してたしなめる。 「いや、もしかしたら、の話ですって。そう言う意味合いの事は何も仰いませんでしたし。 ……俺に分かったのは、あの方はあの方なりに貴方を案じていらっしゃる―――それだけ です」 カカシは俯いた。 「………………オレを、じゃありませんよ………」 「……かも、しれませんが」 カカシは驚いて顔を上げた。イルカは表情を柔らかくしてカカシに微笑みかける。 「あの方が見ていらっしゃるのは『彼』に繋がる者としての貴方なのだとしても。……そ れでも、慈しむ心に嘘はありません」 「………………………」 カカシは茫然として、微笑む恋人を見た。 おそらくは夕餉の僅かなひと時。 その短い時の中で、イルカは自来也の心の奥まで垣間見たというのか。 あの、三忍の――― カカシは表情を緩めた。 「……………かないませんね、アナタには」 「すみません。分かったような口を利いてしまって……でも、そう思ってしまったんです。 いや、そう思えて仕方がない―――」 カカシを頼む、と言ったのは自来也ではない。 彼を通して、四代目が愛しい弟子を案じて言った言葉。 カカシは肩を竦めた。 「……じゃア、そうなのでしょう……アナタの直感は侮れない。……どうにもあんなオッ サンに心配されてしまっているかと思うと、くすぐったいやら心地悪いやらですが、…ね」 「カカシ先生」 「ハイ」 食事を再開しようとしたカカシが顔を上げると、イルカが卓越しに首を伸ばして鼻先にキ スする。 「…イルカ先生?」 「でもね、一番に貴方を心配する権利は俺に下さいね?」 カカシは今更のようなイルカの言葉に照れて、それでもコクコクと頷く。 赤くなってご飯を口に運ぶカカシを眺めながら、イルカは心の中で思う。 (四代目さま………俺は貴方には忍としても男としても全然敵いませんけれど……でも、 この人を大事に想う心は負けません。お約束します。俺は、この人を決して裏切りません ―――) イルカの視線に、カカシは顔を上げて目顔で問う。 イルカも表情だけで何でもありませんよ、と微笑み返した。 あの世にいる御人に誓うまでもなく、カカシを好きなのは自分で、自分の意志でこの人を 愛していくのだ――― そして数ヵ月後。 自来也との邂逅も忘れかけた頃、イルカの元に人気作家の『新刊』が届けられ、中身を一 瞥したイルカは思わず本を取り落としてしまった。 「う…うわあああ…………」 転んでもタダでは起きず、何を見てもネタにする。 実名ではなく、忍が主役でもなかったが―――これはイルカだ。イルカとカカシだ。 作家とはそういうものなのだとイルカは思い知った。 願わくば、カカシがこのエロホモ娯楽小説を読みませんように、とイルカは天に祈った。 が、その願いが天に届く事はなかったのである――― 04/3/23 |
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