天体観測
「あ、またひとつ」 ずっと見上げているので首が痛い。 だが、カカシは夜空から目が離せない。 今夜は滅多に見られない天体ショー、流星群が見られるのだ。 目を凝らして夜空を見上げていると、暗い濃紺の中に明るい光が尾を引いて現れ、消えていく。 ひとつひとつはあっという間だ。 ちょっとよそ見していると見逃してしまうので、カカシは先刻からずっと空を見上げたままこうして屋根の上に座っている。 「カカシ先生」 ちょっと手洗いに行く、と言って中座していたイルカが戻って来た。 「はい」 カカシの頬に、ふわっと暖かい空気が触れる。 イルカが差し出したのはいつも使っている湯呑み。湯呑みを受け取ってカカシは嬉しそうに微笑む。 「ありがとう。やー、久し振りだな、甘酒」 「風が無くて良かったですね。でも、寒いでしょう…だから」 カカシは一口飲んで、はあ、と息を吐いた。 「ウン、暖まりますね〜コレ」 イルカは立ったまま空を見上げた。 「今日はよく星が見えますね。…あ、またひとつ。今のはすごくはっきりしてましたねえ」 「…それ、見そびれた」 「俺が甘酒作りに行っている間にたっぷり見ているでしょうに。…カカシ先生、ちょっと俺の湯呑みも持っていて下さい」 「あ、はい」 イルカはカカシのすぐ後ろに座り、持って来た毛布で自分と一緒にカカシをすっぽりと覆った。 毛布の中でカカシを自分の脚の間に抱き込み、引き寄せる。 「うわ〜…すごい。暖かい〜…」 「カカシ先生、すっごく冷えてますよ。だからもう一枚着なさいって言ったのに」 イルカはカカシの耳元で囁いて、冷たくなったその耳を唇で挟む。 「ひゃっ。…イルカ先生ったら。…もう少しで甘酒こぼす所だったでしょ」 「上忍の貴方が?」 「…カンケーないでしょ、それは」 カカシは少し身体を捻り、お返しとばかりに屈んでいたイルカの鼻先をぺろりと舐めた。 イルカの鼻孔を、甘い匂いが掠める。 イルカはカカシが身体の向きを戻す前に素早くその顎を捕まえて、キスした。 「ん…ふ」 カカシは両手に甘酒が入った湯呑みを持っているので動けない。 「……はい。どうもすいませんでした」 唇を離したイルカはにこっと笑って、自分の湯呑みをカカシの手から抜き取った。 「イルカ先生……ってば時々人の意表を突くんですよね〜…」 「一応忍者なもので」 「…カンケーあるの? それ…」 カカシはもう一口甘酒を口に含み、背中をイルカの胸に預ける。 頭を仰け反らせると、ちょうど明るい流星がひとつ視界を横切った。 「…速いなあ…願い事三回なんて言えないですよねー」 「へえ。カカシ先生、星に願い事したいんですか?」 「うん? いや、今夜はいっぱい流れるから願い事し放題だわーっ…って、サクラが鼻息荒くしていたから。…あいつ の願いなんていつもサスケ絡みでしょうけどね」 くす、とイルカは笑いを漏らす。 「変わってませんねえ、あの子も」 「可愛いですよねえ。…きっとサスケは星見ながら『フクシューフクシュー』って呟いているだろうし、ナルトは『ほかげ、 ほかげ』ってわめいていますよ。…ま、起きていられたらの話ですが」 「……う…ナルトやサクラはともかくサスケのは……あの子ももう少し肩の力抜けないですかね…とても力がある子 なだけに不憫です…」 「まあ今は何言ったって聞きやしませんよ。…大丈夫。あいつらがとんでもない方向へ暴走しないためにオレがつい ているんですから。今はね、何でもいいですよ。何が目標でもね。……あ、今の見ました?」 「見ました。すごいですね。火球のようでした」 カカシは湯呑みをそっと頬に当てて温もりを楽しむ。 「…イルカ先生は? 何か願わないの?」 「………贅沢言えば色々ありますが。…今この状況がとても幸せなので、いいんです」 カカシを抱くイルカの腕にきゅ、と力が入る。 カカシは嬉しそうにますます身体を摺り寄せた。 「ふふ。…なら、オレもだな〜…今、すごく幸せ。全世界の片思い中の皆さんゴメンナサイって感じ。…贅沢言うな ら、色々あるけれど」 「たとえば?」 カカシはクスクス笑った。 「教えない」 「ふうん。…俺に出来る事なら聞いてあげたかったのにな。残念です」 「………マジ? んじゃあね…」 「ダメですよ。さっき訊いた時がチャンスだったんです。…流れ星にかける願い事ってのはそう言うものでしょ?」 うー、と唸ってカカシはイルカに思いっきり寄り掛かった。 「イルカってばケチ…」 「明日の晩御飯のリクエストくらいなら聞いてあげなくもないですけどね」
美しい光の尾を引いて、幾つもの流星が夜空を流れていく。 お互いに、本当に星にかけた願いは口にしなかったけれど。 「あ、またひとつ……」 |
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この年には、大規模な天体ショーがありましたね。 |