逢魔ヶ時−6

 

「………ハツさんの言う通りなら…センジさんは12年前の…九尾の災いの時に出陣した忍びのはずだから……」
老婆に約束した通り、イルカは火影の許しを得た上で過去の記録を調べていた。
「…確かねえ…あの時に殉職した忍びはいちいち遺体の確認は出来なくて、後で生き残った人間の点呼とって生死確認したんですよ。…遺族にはその旨伝達が行っているはずなんですが……」
カカシも古い名簿に目を通す。
「ええ。俺も両親の遺体は確認していません。後で知らされたんです。…センジさんの生死がわからないと言う事は…もしかしたら、ハツさん…あの時に亡くなっているんじゃないでしょうか」
「あの話の感じだと、それっぽいですね。……ねえ、イルカ先生。あの婆さんに成仏してもらったら、今回の怪事件…収まるでしょうかね」
イルカはやりきれない思いで首を振った。
「…俺にはわかりませんが…やはりそうなんでしょうか…」
「オレ、昨日の事…一晩考えたんですが。……あくまで推論ですがね…」
と、カカシは前置きした。
「オレ、貴方の同僚を検死したって言ったでしょう。…なーんかね…その時の印象が、『魂だけ抜かれた』って感じだったんですよね」
「……魂…を?」
「ええ。……あの婆さん、自覚が無いみたいだけど結構強い霊能力持っていたでしょう。…タチ悪いんですよね、ああいうの。自覚が無いし、今は肉体の枷がないからもう欲求のままに力を使っているみたいで。…婆さんの言葉を聞いて同調した人間の魂は、肉体から離されて婆さんの言う通り彼女の息子の霊を捜しに行かされているんじゃないかと思います。…でもたぶんセンジはもうこの世にはいない。婆さんの言霊に縛られている奴らは、センジの元に向かってしまうから……結果的に婆さんの霊だけがこの世に取り残されてしまう」
イルカはカカシの言葉を否定しなかった。
彼自身、ハツの霊とのやりとりで、思い当たるフシがあったからだ。
「……ハツさんは…それだけ強い力を持ちながら、何で息子さんをご自分で捜す事が出来ないんでしょうか…」
カカシは憐れむように微笑った。
「出来ない、と思い込んでいるからじゃないですか? 自分で自分を縛っているんですよ。自分は無力だから、捜しに行けない。困った。困った事は忍びに頼まなきゃダメだ、とかね。…地縛ならぬ自縛霊ですねえ」
ぱら、とイルカは名簿を繰った。
「………ありました。野中センジ。…中忍だったんですね。享年三十二歳……やはり、十二年前に殉職しています」
ふう、とカカシは息をつく。
「息子の方はもう完璧に成仏してますねえ、たぶん。…九尾絡みで殉職した忍びの御霊は、これでもかってくらいしつこく供養したはずですから。……問題はバーサンの方か…」
「もう息子さんはあの世に行ってますよって報告するだけじゃダメですかねえ…」
イルカもカカシと一緒に息をついた。
「こーなるともう管轄外ですよねー…」
その時資料室の扉が乱暴に引き開けられた。
「カカシ。裏、取れたぞ」
「あー、ホント? アスマ」
資料室に入って来たのは、アスマだった。
彼も『謎の突然死』について調査するよう命令を受けていたので、この件に関しても協力する立場にある。
「里の戸籍を調べてもらった。…野中ハツは、十二年前に行方不明。その後死亡扱いになっている。埋葬の記録は無い。……お前ら、ホントにこの婆さんに会ったのか?」
アスマは古い写真を二人に示した。
「……うん…この人だね…」
「…このお婆さんです……」
アスマはやれやれ、と天井を仰いだ。
「………それでな、あの騒ぎの時の一般人犠牲者で身元がわからなかった遺体をまとめて葬った墓があったって、知ってたか? ……確認したら、それがこの間の大雨で土砂崩れに巻き込まれて、墓がな…その…滅茶苦茶になってたんだってよ……」
「うわー…もしかして、タイミング合うの〜…?」
「おう、ばっちり。……最初の犠牲者は、大雨の二日後だ」
三人は顔を見合わせた。
「……うああ…やなパターン……」
「どっちにしても、それはちゃんと供養しなきゃいけませんね」
「オカルトってのは数に入れてなかったなあ……確証はねえが、今んとこ他の線も希薄だ。…しょーがねえ、面倒だがこの路線で対策を練るか」
アスマの言葉に、二人は頷く。
アスマは半信半疑のようだが、何せ彼らは実際にその老婆の霊に遭遇している。
突然死事件と関連があろうがなかろうが、彼女をそのままにはしておくわけにはいかないのだ。


「ハツさぁん。いらっしゃいますかー?」
「………イ…イルカ先生…」
カカシはイルカののんびりした呼びかけに顔を片手で覆った。
「……ある意味大物だな…」
アスマはまだ半信半疑で煙草を燻らす。
一昨日の竹薮に来ているのはカカシ、イルカ、アスマ。それに火影だった。
「お約束通り、センジさんの事、調べてきました〜…火影様もいらっしゃいますよー」
「こ、これ、イルカ……」
火影は少なからず焦ってイルカを制した。
「だって、火影様の御威光は効果あるんですよ。ハツさんも、火影様のファンかも…あ、ハツさんだ。行きましょう、火影様」
イルカは火影の手を取り、有無を言わせず竹薮に引っ張って行った。
「…気をつけて下さいねー…」
アスマとカカシはハツ婆さんに嫌がられる事確実なので、その場で待機。
ただし、二人掛かりで竹薮一帯に結界を張っていた。

おお……火影様…恐れ入ります…あたしのような者の為に、わざわざお運び下さいまして……
ハツ婆さんは感激を隠さずに深々と頭を垂れる。
「うむ…いや、この者にな、ハツさんに力を貸して欲しいと頼まれてな。…息子はセンジという中忍だな?」
ハツはイルカの方にも頭を下げ、それから顔を上げた。
はい。…火影様、ご存知でいらっしゃいますか…?
火影はうむ、と頷いた。
「其の方の息子は、里の為によく尽くしてくれた忍びであった……だが、残念な事に、九尾の狐を退治する戦の折、四代目と共に殉職してしまったのだよ。…あの戦に赴いた忍びの半数以上は帰らぬ者となった…おそらくは最期まで勇敢に里を守ろうとしてくれたに違いない…」
……ああ…センジはやはり……
ハツはその場にしゃがんで涙をこぼした。
…でも、四代目様のお供が出来たんですね…あの子は、それはそれは四代目様を尊敬しておりました。…名誉な事でございます…』
火影はその様子をしばらく眺めていたが、やがて長い吐息をつく。
「ハツよ。……其の方、己が既に肉の器を持たぬ事に気づいておろう…?」
ハツはきょとんとして火影を見つめた。
…あたし…が?
「気づいておらぬか。…其の方は、息子センジと時を置かずして命を落としておるのだ。……息子を案じるあまり、其の方の魂は黄泉に旅立てなんだと見える。
…もう良いな? ハツ。肉の器を持たぬ魂にとって、この世は辛い。…わしが送ってやるから、一度黄泉に参り、また生まれておいで」
……あたし……ああ、そうだ…思い出した…もう少しで路地を抜けるところで…上から大きな火の塊が……あそこであたしは死んでしもうたんですね……センジはとっくにあの世に行っていたのに、あたしは……
ハツはぺこんと頭を下げた。
……お願いします。火影様…
そして、もう一度イルカにも頭を下げる。
お兄さん、ありがとうね…やっぱりあんたは優しい人だね。ありがとう……

火影はゆっくりと両手で印を結び始めた。
「…オン…アボギャ…ベイロシヤナウ…マカボダラ…マニ…」
イルカも印を結び、胸の中で呪を唱える。もっともイルカの印は、うっかりお婆さんのお供をしないように、魂を自分の内に留めておく印だったが。
火影の詠唱は続く。
「…ハンドマ…ヂンバラ…ハラバリタヤ……ウン!!」
イルカの目の前で、老婆の霊は手を合わせた姿のまま虚空に消えて行った。
はあ〜〜っと火影は息をつく。
「お疲れ様でした、火影様。さすがです」
「…本当に、あのハツさんとやらが『犯人』だったのかのう…」
「ご本人に殺人の自覚が無いんじゃ、確かめ様もないですけどね。……まあ、俺はカカシ先生のおかげで魂抜かれずに済みましたが」
火影は意味深にちらりとイルカを見上げた。
「カカシがのぉ…ま、いいじゃろ。…お前が助かったんならな。…しばらく様子を見て、これ以上変死体が出なきゃこの一件は落着じゃ。…裏山の墓も、元通りにするよう手配した。…これで良いな?」
イルカは、ハツの分も頭を下げた。
「ありがとうございました。火影様」



「はあ〜あ、何だか気が抜けましたぁ、オレは〜〜」
カカシはイルカの家の畳にごろんとひっくり返って、両手足を伸ばした。
「お疲れ様でした」
イルカが冷たい緑茶を運んでくる。
「アナタもね」
「ハツさんを送ってあげたのは火影様ですから」
「……話をちゃんと聞いてあげたのは、イルカじゃないですか」
カカシは起き上がって、イルカの頭をよしよし、と撫でた。
「オレにはあの婆さんの声は聞こえなかったし、聞いてあげようって気もなかった。…アナタのお手柄ですよ」
イルカは俯いて、首を振った。
「…貴方がいなかったら……俺は……」
カカシは『ん?』と首を傾げる。
「ありがとう…ございました……。ずっと、守ってくれていたでしょう…? 俺を。ずっと気を抜かないで、俺の周りに注意を払ってくれていた……」
イルカはきゅう、とカカシを抱き締めた。
「…嬉しかったです…」
えへ、とカカシは笑った。
「よーかった! イルカ先生が無事ならオレ満足でっす。イルカ先生の授業にも出られたし〜…あ、でももっと感謝してくれてもいいですよ? ご遠慮なく。ホレ」
イルカはつられて笑いながら、カカシの指差した所にキスした。
「この続きは後でさせて頂きます。…今夜は天麩羅にしますから。召し上がるでしょう?」
「わ、いつもすいません。…そうだ、ビール切れてましたよね。オレ、買ってきます」
夕べもここに泊まって飲んだのだから、無くなっていて当然だ。
「じゃあ、お願いします」
カカシはイルカに軽くキスを返すと、立ち上がって玄関に向かった。
「いってきまーす」
「あ、ついでに大根もお願いしますねー」
「はあい」
カカシはサンダルをはいて表に出ると、一人微笑んだ。

もう、少しの間彼から離れても不安になる事は無い。
「ビールと大根と…そうそう、お団子でも買ってきましょうかね。……お願いを聞いてくれたお地蔵様にお供えしなくっちゃ……」

―――守れた……あの人を、守れた……

カカシは、夕日に紅く染まった街に足を向けた。
黄昏はもうすぐやってくる。



とん、とん、とん………


扉をノックする小さな音に、イルカは振り返った。
「早かったですね、カカシ先生……」


 



 

ハイ、お疲れ様でした〜…
ちっとも恐くない怪談(?)でございました。
作中、火影様が唱えていたのは密教の光明真言でございます。
生前の罪を消滅させ、安楽往生させるありがたい呪文だそうです。
ハツ婆ちゃんの場合、死後の罪だが…まあ、カタイ事言わないで往生して下さい。
(どうして妙な資料ばかり持っているんだ青菜……;;)
連載が長引いたので、季節的にはちょうどいい時期にUPし終わったな、と。(笑)
え? 嫌な終わり方している?
やだな〜、気のせい、気のせい………
(オチとしては、イルカ先生が扉を開けると
誰もいなかったりする…ってとこですね…)

01/5/14〜8/5

 

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