祭りの夜
「祭り、か」 ぽそりとカカシは呟いた。 『祭り』がこの里でも毎年行われるもので、庶民の娯楽も兼ねて、祖先の霊を祀ったり色々 祈願したりするものだという知識はあった。 だが、彼にとっては『関係ない』ものだったというだけで―――少なくとも昨年までは。 いつもならカカシの意識の外でいつの間にか過ぎてしまっているその行事に、今年の彼は きちんと参加していた。 指導している七班の子供達と祭りに行く、と約束させられてしまったのだ。 もっとも、すかさずカカシはイルカも巻き込んだが。 カカシは苦笑してまた呟く。 「………ま、他人と関わるっていうのは…そういう事かもね…」 サクラは張りきって選んだらしい、可愛い朝顔模様の浴衣を着ていた。 髪もきちんと結って、少しシックな髪飾りをつけて、本人は『可愛さの中にも大人っぽさ』 というスタイルでキメたつもりらしい。 カカシやイルカの眼には可愛らしい少女以外の何者でもなかったが。 彼女が誰に見て欲しくて頑張って『可愛く』しているのかは明白だったが、そのお目当て であるサスケは普段とまるで変わらない格好で、ポケットに手を突っ込み、サクラの方な ど見向きもしない。 浴衣姿のサクラに目を輝かせ、すぐにサクラの欲しい言葉を彼女に贈ったのはナルトだっ た。 「おーっ! 可愛いってばサクラちゃん! 似合うじゃん、浴衣」 見て欲しいサスケではなく、ナルトに褒められたサクラはそれでも少し嬉しそうに笑った。 「そお?」 うんうん、とナルトは頷く。 「似合う似合う! なあ、サスケ」 サスケはチラッとサクラの方に視線を流し、「ああ」と短く応じる。 サクラにとってはそれだけでもナルトに感謝したい気持ちになった。 サスケが「似合う」と言ってくれたのだから。 「可愛いよなあ、ピンクのしいたけ!」 「朝顔だ! このドベ!」 ナルトのボケには反射的に突っ込むクセがついたのか、即座に訂正してくれたのはサスケ だった。 内なるサクラはガッツポーズで「しゃーんなろーッ」と叫んだ。 サスケがきちんと浴衣の模様まで見ていてくれたのだから。 (ああ、ナルト! ナイスボケだわ! 後でりんご飴おごってあげるわねっ) その子供たちの様子を微笑ましく眺めながら、カカシはイルカにこっそり耳打ちした。 「サクラもいっそ、ナルトに乗り換えたらどーですかね。サスケじゃ望み薄じゃないすか ねえ」 イルカは苦笑した。 「そうかもしれませんが……そう簡単なものでもないでしょ。人の気持ちは」 Tシャツにジーンズというラフな私服のイルカに対し、カカシはいつもと変わらない忍服 のままである。 やはり、子供達の前で素顔を晒そうとはしない。 「ま、それもそうか…サスケはハンサム君だしねー…アカデミーでの実技もトップクラス。 カーッコイイーってやつ?」 「ええ、彼はくノ一クラスの子達にとても人気がありましたよ。サスケが好きで、一緒の 班になりたかった女の子はたくさんいます。…サクラは、同じ班で任務につけるだけ、他 の子よりいいはずなんですが」 「班割りしたの、アナタですよねえ…女の子達に恨まれるの覚悟での班割り?」 イルカは少し沈んだ顔になった。 「……これ、子供達には絶対内緒ですよ? …班は、確かに全体の力が均衡になるのを心 がけて、編成しました。…だけど、サクラが…いえ、他のどの女の子をサスケと組ませる にしろ、妙に妬みをかわないようにするには、ナルトを一緒の班にするのが一番だったん です。…そういう計算もありました。あの班割りは」 カカシは、ナルトが里の鼻つまみ者だということを思い出した。 もしも、サスケと一緒になれなかった女の子がそれを親にボヤいたとしても、親は必ず言 うだろう。 ―――「でも、ナルトって子と一緒にならなくて良かったじゃない」 カカシは意外そうな顔でそう呟くイルカを見た。 「…そりゃ複合的な要因のひとつで、それ目的じゃないでしょ? そーゆーの、一石二鳥 って言うんですよ。もっと平たく言えば、「ああ、ちょーどよかった」。…その程度でし ょ。何気にしてるんです。アナタに責任の無い事実まで気に病んでたら神経持ちませんよ。 …それに、あの子が里の中でそんな立場に立たされてしまったのは、当時の周りの大人の 所為です。……もっと遠慮なく言わせて頂ければ、四代目と三代目の所為です。赤子をア レの封印なんぞに使い、挙句に後のフォローを怠った。…いったい、何を考えていたのや ら…オレにはとんとわかりません」 イルカは慌てて声をあげた。 「カカシ先生!」 「違いますか」 カカシは涼しげな顔で目を細めた。 「……ま、今更何を言っても始まりませんが…それでも、ナルトは負けなかった。頑張っ ている。―――アナタに、逢えた。それでいいんでしょ、きっと」 二人から離れて歩き出していた子供達が振り返って急かす。 「せんせー達、遅いってば! 早く行こーっ! オレ、タコヤキ食うんだー。あと、トウ モロコシとー、ワタアメとー」 「食う事ばっか言ってんじゃねえぞ、ドベ」 「サスケ君、一緒に金魚すくいやろー? せんせー達、早くゥ」 『先生達』はそっと顔を見合わせて笑った。 「何だかんだで上手くやってますよ。あの子達も」 「…みたいですね」 今日は、野外ではあったが無料の映画上映会がある。 主に子供向けで、冒険活劇のような映画だったが、最後に一般向けに恋愛映画も上映する 予定だ。 ナルトが映画を楽しみにしていたのを知っているイルカはジーンズのポケットから時計を 引っ張り出した。 「ナルト。そろそろ行かないと、映画始まるぞ」 「えっ本当? イルカ先生。んじゃ、行ってきまーす!」 ナルトは元気良くイルカ達に手を振った。 「わあ、早く行かなきゃ。席なくなっちゃう。ホラ、早くサスケ君。ナルトもー」 急かすサクラに背を向けて、サスケは動こうとしない。 カカシはサスケを促した。 「呼んでるよ? サスケ。行かないの?」 サスケは首を振った。 「…オレはいい。…ガキ向けの映画大会なんぞに興味はない。……あのドベは会場で配ら れるジュースや菓子も目的だろうし、サクラは最後にやる恋愛映画見るのに今から席を確 保したいだけだろ。…オレには何のメリットも無い」 「んじゃ後でご褒美あげるから〜、ナルトがバカやらんように見張っててくれない?」 にっこり笑ってナルトの監督を押し付けようとする上忍をサスケは睨んだ。 「何でオレがっっ」 「…そお? いいご褒美だと思うけどなァ」 カカシはひょいと屈んでサスケの耳元で何やらポソポソ囁く。 「……………………」 サスケの顔つきが変わった。 身を翻し、ナルト達の後を追いながら、カカシに向かって叫ぶ。 「よし! 忘れんなよ上忍! 絶対だからなっ!」 そのサスケの後姿を見送りながら、イルカが怪訝そうにカカシに訊く。 「…いったい何をやるって約束したんです?」 あのサスケが任務でも無いのにあれほどあっさりと言う事を聞くなんて。 「いやあ、ちょっとね」 カカシはにんまりと笑ってみせる。 「…オレのとっときの技教えてやるって言っただけ」 イルカは苦笑して走り去ったサスケの方を振り返る。 「そりゃあ…アイツには一番効きますねえ…」 カカシとイルカは子供達が走って行った方向に背を向け、歩き出した。 今夜もイルカの家でこれから飲むつもりなのである。 「…せっかく年に一度の祭りなんですから、サスケも意地張らずに楽しめばいいんですよ。 …けど、アイツはそういうのガキっぽいって思っちゃうんでしょうね。妙にカッコつけち ゃうんだから」 クス、とイルカは笑いを漏らす。 「サスケは大人びてますからね」 「背伸びしてるだけですよ」 盆踊りの太鼓の音が、少しずつ遠ざかっていく。 イルカの住まいはほぼ里の外周近くだから、歩くにつれ祭りの喧騒は薄らいでいくのだ。 「…背伸びもマア向上心の一種ですから…悪いとは言いませんけどね。…でも時々は自分 がまだガキだって事、認識した方がいい。……オレ自身がああいうガキだったから…わか るんですよね、何となく」 「それでサスケも映画見に行かせたんですね?」 イルカは宿舎の部屋のカギを開けた。 「それもありますが」 扉を開いた途端、どん、とイルカは自分の部屋に押し込まれる。 「カ…ッ…カカシせんせ…」 つんのめったイルカは慌てて態勢を整えようと身体を捻り、間近に迫ったカカシの顔に驚 いて仰け反った挙句玄関の壁に頭をがつんとぶつけてしまった。 「あいてっ…」 「何してるんですか、イルカ先生。ひどいですよ避けるなんて」 「すいません…じゃなくてっ…いきなり顔近づけるから驚いただけですよっ」 「当たり前でしょー? キスしよーと思ったんだもん」 カカシは口布を下ろしてイルカの首にするりと腕を巻きつけ、に、と唇の端を上げた。 「…サスケを行かせたのはね…オトナのお楽しみに邪魔なガキをさっさと追っ払ったのに 決まってるでしょ? アナタ、サスケがあのまま映画に行かなかったらどうしてました? 一緒にここに連れて来て、メシでも食わせる気だったんじゃないですか?」 イルカは困惑した顔でカカシを見た。 「…かもしれませんね。…あのまま一人で帰らせるんじゃ可哀想だし…」 「やっぱね」 カカシはちょん、とイルカの唇を啄ばんだ。 「…カンベンして下さいよ。…夏の夜は短いんですから……それでなくても、ここんとこ ロクにアナタと二人きりになれなかったのに…」 顔を傾がせてゆるりと微笑うカカシに、イルカも微笑った。 「確かに、夏の夜は短いですね…」 眼で誘うカカシに応じて、イルカは彼の唇を自分の唇でふさいだ。 カカシは『追っ払った』と言ったが、確かにサスケにとってはこんな所に来るより、仲間 と夏祭りを楽しんだ方がいいに決まっている。 イルカは久々のカカシとのキスを楽しんだ。 「シャワー…浴びましょうか」 「あ、イルカ先生ちょっとヤル気になってます?」 「そーですね…このまま玄関先でキスするのもいいですが、何だか落ち着かないし…俺、 汗がベトついて気持ち悪いし……何をするにしても、汗流したいです。…一緒にシャワー しますか?」 カカシは驚いたように少し目を見開いたが、にこっと無邪気に笑った。 「喜んでご一緒します」 ぬるいシャワーが頭上から降り注ぐ中で、カカシはイルカとキスを交わした。 「…このままここでしちゃいたい…」 「……風呂場は結構音が反響しますから……」 「……だよねえ…」 「だから声、出さないで下さいね?」 断わるかと思ったイルカがいきなり自分の首に噛みつく様に吸いついてきて、カカシは思 わず息を呑んだ。 「…ひ…っ」 「声、出さないで下さいって」 イルカの手が濡れた自分の身体を這い回る感触に、カカシは思わず彼の首にしがみついて 身体を強張らせた。 「…カカシ…せんせ、そんなにくっついたら…」 耳元で囁くイルカの声に、カカシはぶるっと震えた。 「何だか敏感になってますね…我慢できます? 声…」 はにゃ、とカカシが自信なさげに首を振った。 「…わかりません…イルカ先生の手はある意味拷問です…」 「……やめましょうか?」 「やめちゃヤダ…」 ならしょーがねー、とばかりにイルカはシャワーを止めるとカカシの濡れた身体を担ぎ上 げて、風呂場の戸を開け放った。 イルカの肩に担がれたカカシは素直に大人しくベッドまで運搬される。 「シーツ、濡れますよ…イルカ先生」 「どうせ明日洗います」 カカシの上に覆い被さったイルカが、優しく笑ってその表情に合わないセリフを吐いた。 「さて、じゃあ拷問の続きをしましょうか」 ドンドンドン、と遠くで太鼓の響く音が聞こえてくる。 「…まだやってる…」 カカシは気だるげにシーツに肩肘をついて少し身体を起こした。 「夜通し踊る気かもしれませんね」 イルカは仰向けに寝転がったまま、暗い窓の外に視線を向ける。 「…明日の夜は花火も上がるそうですよ。…見に行きますか? カカシ先生」 「イルカ先生が…行くなら行きます」 イルカは軽く眉を寄せて、カカシを見た。 「カカシ先生ご自身は、見たいとは思わないって事ですか?」 カカシはころっとまた寝転がり、そのまま身体を転がしてイルカの肩にちゅ、とくちづけ る。 「だから。アナタとなら見たいですってば。…大体一人で花火見に行くヤツなんていま す?」 ハイ、とイルカは手を挙げた。 「俺は一人で見に行ってましたよ? 親がいなくなってからはね。…『今の凄かったね』 とか、『キレイだったね』とか言う相手がいないのは寂しいものですが…天に咲く花なら、 きっと父ちゃんも母ちゃんも見ていると信じてましたから……ガキの頃は」 「うわあ、イルカ先生純粋っ…ロマンチストー…」 イルカは苦笑した。 「だから、ガキの頃の話ですよ」 ガキの頃、とカカシは胸の中で繰り返した。 自分には、『純粋な』ガキの頃なんて無かった気がする。 祭りも花火も楽しむ事なく、ただ任務に明け暮れていた。 よいしょ、とカカシはイルカの胸板の上に乗りあがった。 「……行きます。花火見に。…何だか見ないと損した気分になりそうだし」 過ぎてしまった『ガキの頃』など、もうどうにもならないが―――せっかくこうして『他 人』と関わる機会を得たのだ。 この際、今まで自分に無関係だった『人並みの』楽しみも満喫してみよう、とカカシはイ ルカの胸に懐く。 イルカは胸に乗ってきた恋人を腕で支えて、少し頭を起こしてその鼻先にキスした。 「わかりました。じゃあ、見に行きましょうね。…俺ももう、一人で見に行く気にはなれ ません。…貴方がいるのに」 「あ、何となく楽しみになってきたな。…あ、ねえ先生。…異常なガキって、異常な大人 にしかなれないと想いますか?」 イルカは訝しげに眉を顰めて恋人の顔を眺める。 「…確かにアナタはある意味『異常な』子供だったかもしれませんが…あなたの場合、 『優秀なガキ』が『優秀な忍』になっただけだと思いますが? 本当に異常な人間を野放 しにしておく程この里も暢気じゃないですし」 カカシはぺろっと舌を出した。 「ゴメン。…ちょっと、時々自信なくなっちゃうだけ。…そーか、そーだね。オレ野放し になってるもんなー。野放しになってるうちは大丈夫なんだ」 「そういう事です」 イルカはきゅう、とカカシを抱き締める。 「んんー…キモチいいー…イルカせんせ、もっときゅうーって抱いてー」 「…やっぱ、ある意味変なオトナかも…あ、俺もか…」 「何か言ったァ? イルカせんせー」 「何も言ってませんよ」 イルカはぎゅう、とカカシの身体を抱く腕に力を込める。 「痛いですって、イルカせんせ。折れる折れる」 「……我儘なヒトですねーホントに…」 太鼓の音は、まだ遠くで鳴っていた。
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カカシ先生がサスケに教えてやると約束した『とっておきの技』とはやはり千鳥でしょうか・・・ 03/7/10 |