NA・N・JA−MO・N・JA
イルカは、頭上に広がるその眺めにしばし見入った。 「…すげえ……初めて見た…」 まるで、大きな木が雪をかぶっているかのようだった。 雪の正体は、今まさに満開の花。 真っ白で小さな花が、枝という枝に咲き誇り、新緑に映えている。 イルカがその木を目にしたのは偶然であった。 薬草学の授業に使うサンプルが足らなくて、いつもは行かない山にまで足を延ばした結果、 この美しい光景に出合えたのだ。 「桜も綺麗だけど、これもすげえ…何と言うか……見事だ…」 しばらく茫然とその花を眺めていたイルカだったが、その真っ白い花を見ているうちに、 ふとカカシの顔が脳裏に浮かんだ。 「…カカシ先生…綺麗な花を見るの好きだったな…これ、見せたいな……いや、一緒に見 たい…」 きっと、喜ぶだろう。 桜や紫陽花などといった、季節になればあちらこちらで見かける花とは違って、イルカで さえ生まれて初めて見た珍しい花だ。 この花がどのくらいの期間咲いているのかわからない。 ぐずぐずしていて、この美しい盛りの満開状態を逃したら後悔する。 「……明日はカカシ先生も休養日だし……今年は花見に行かれなかったから、弁当でも拵 えて桜の代わりにこの…この……」 と、イルカはそこでふと首を傾げる。 「……何て言うんだ…? この花…」 「真っ白で雪みたいで可愛い綺麗な花? こでまりですか?」 「いや、あんなに小さな木じゃないです。それに、こでまりなら俺も知ってます」 「じゃあ、雪柳…も、小さいか」 「ええ。木自体は大きいですよ。でも、花はとても小さくて、可憐なんです」 「ふうん? んでも、オレにも見せたいって思った程綺麗だったんですよね。楽しみだな」 イルカが『花見』に誘うと、カカシは二つ返事でついて来た。 さほど山は険しくもないのだが、里人のハイキングには向かない所なので自然が荒らされ ていない。ちなみに忍者達の修行禁止区域であり、徒に破壊される事も免れていた。 「こっちです。…ほら、あれですよ」 そこには、昨日イルカが見たとおりの光景がちゃんと在った。 「…枝に積もった雪のよう…か。本当にそう見えますね。いやあ、綺麗だ…」 カカシも、花盛りの木を見上げて、感嘆の声を漏らす。 「ここまで大きなこの木を見たのは初めてです。迫力あるなあ…」 え? とイルカはカカシを見た。 「カカシ先生、この木ご存知で?」 カカシは頷いた。 「この里で目にしたのは初めてですが。珍しい木なんですよ。一度だけ他所の国で見た事が あるんですが……時期を外していたんでここまで満開じゃなかったし、もっと低い木でし た。本当に、こいつは見事だ…」 カカシは嬉しそうに枝を見上げている。 「えーと、それじゃあこの木、なんて言うかご存知ですか? 俺、知らなくて…」 イルカの質問に、カカシは即答した。 「なんじゃもんじゃの木、です」 「はあ?」 イルカは疑わしげな声を上げた。 「だから、なんじゃもんじゃ」 「…カカシ先生…」 「別名、ロクドウボクとも言います。それから、アンニャモンニャ、フタバノキナタオラ シ、ヒトツバタゴ」 「………それ、全部この木の名前ですか…」 カカシはハイ、と頷いた。 「モクセイ科の木ですよ」 イルカはどうにも納得しがたい顔で花を見上げた。 どれも、こんなにも可憐で美しい花についている名前には思えない。 きっと見た者が誰しも思い浮かべるであろう『雪』のイメージがまるで感じられない名前 ばかりと言うのはどう言う事なのか。 もしかして、カカシにからかわれているのでは――― 「すいません。さっき仰った名前をもう一度…」 「なんじゃもんじゃ、ロクドウボク、アンニャモンニャ、フタバノキナタオラシ、ヒトツ バタゴ」 すらすらと、先程と同じ名称を並べてみせるカカシ。 だが、イルカの疑念は消えなかった。 カカシの記憶力だ。 自分が思いつきで並べた名前でも、繰り返すのは容易だろう。 「あ」 カカシが声を上げた。 「アンタ…もしかして、疑ってるでショ。ひっどいなー、オレ、イルカ先生に嘘を教えて 喜ぶような人間に見えますか」 イルカは慌てて首を振る。 「いやあの…そういうわけじゃ…でも、何だかイメージに合わない名前ばかりだし…なん じゃもんじゃ、なんて…」 「ふざけたネーミングですよね」 「…ええ…」 カカシも腕組みをして、改めて木を見上げる。 「確かに…なんじゃもんじゃ、は無いよなあ…こんなにキレイなのに…」 「まあ、この際名前よりもこの風景を堪能しましょうか。カカシ先生、おにぎりいかがで すか? 弁当作ってきたんですよ」 カカシはちらりとイルカを見た。 「…イルカせんせーってば、オレを疑ったんですね…」 「いやだってあのっ…………」 「だって、何?」 「だってその…あの……」 言葉に詰まったイルカは、素直に謝った。 「ゴメンナサイ…」 「オレ、信用無いんだあ…」 「ゴメンナサイ」 「しくしくしく……」 「すっごくゴメンナサイッ!!!」 どこか言葉的には間違っている気がしたが、イルカはとにかく謝り倒す。 謝り倒すイルカの頭上で、カカシがクククっと笑った。 「まー、疑いたくなるような名前付ける先人達がイカンと言う事で勘弁してあげましょう か…オレも最初に聞いた時は「はあ?」って感じでしたから」 「カカシ先生…」 カカシはひょいと屈んで、イルカを下から見上げる。 「おにぎり、具は何?」 急いでイルカは背嚢から包みを出す。 「こんぶと、タラコと、しゃけ。梅干。それとツナマヨ」 カカシはニッコリ笑った。 「上等です」 その場はおにぎりで納めたイルカだったが、実は彼の疑念は100%晴れてはいなかった。 もしかしたら、カカシが誰かに騙されている可能性だってある。 「…あんなにキレイなのに、なんじゃもんじゃだと?」 イルカは書庫をあさり、植物関連の文献を手当たり次第に調べた。 結果。 イルカは本に顔を伏せ、突っ伏してしまった。 「―――――――すっっっごく……ゴメンナサイ……」 その夜、『イチャイチャパラダイス』(はたけカカシ所有)の教示に従い、『心に疚しいトコ ロのある夫』であるイルカ先生は、せっせと奥さんサービスに努めたという―――
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『なんじゃもんじゃの木』 モクセイ科。正式名称『ヒトツバタゴ』 あまりにも珍しい木なので、呼び方がわからず「なんじゃもんじゃ」と呼ばれた。 地方によって『ロクドウボク(六道木)、アンニャモンニャ、フタバノキナタオラシ』とも呼ばれる。 花は4月から5月にかけて咲く。 「なんじゃもんじゃの木」を初めて見た時に突発的に書いたSS。 03/5/8 |