縹色変化−2
子供達のDランク任務も無事終了し、受付に報告した後。 カカシは帰ろうとするナルトをちょいちょい、と呼んだ。 「ナニ? カカシ先生」 「なあ、ナルト。…お前、何か聞いてない? イルカ先生、何か困っている事とか…」 「は?」とナルト。 「何? イルカ先生が困ってんの? カカシせんせ」 カカシはぼふっとナルトの黄色い頭に手を置いて、首を振った。 「いや、お前に心当たりが無いならいいんだよ。ちょっと最近、あの人働き過ぎって気が するから…何かあるのかと思っただけ」 ナルトは腕を組み、分別くさく頷いた。 「イルカせんせはカカシせんせと違ってキンベンだからなー…あ、そういや、最近せんせ 冷たいよなあ…全然一楽連れてってくんねーし……まさかカノジョでも出来た…のか な?」 カカシはナルトの頭に置いた手に、ぎりっと力を入れる。 「いて――――っ…何なんだってばよーっ」 「あ、スマンスマン。お前の頭つかみやすくてな。……何でカノジョが出来ると勤勉にな るんだ?」 チチチ、とナルトは指を振る。 「カカシ先生ったら、オトナのくせにわかってねーなあ。オレさ、前聞いた事あるもんね っ! アカデミーの他のせんせーがお嫁さん貰う時、ケッコン資金っての稼ぐ為にバリ頑 張って仕事してたって! すっごくお金かかるんだろー? ケッコンって」 「ハハハ、ナルトも少しは世間勉強をしてるんだな。…ま、そういうのもあるかもなあ… あ、引き止めて悪かったな。気をつけて帰れよ」 「うん、せんせ、サヨナラー」 手を振って駆け出すナルトを手を振って見送り、カカシは首を傾げる。 「…結婚…資金…?」 一瞬胸の中を重苦しい痛みが通り過ぎたが、そんな訳はない、とすぐに思い直す。 イルカのプライベートは、かなりの部分でカカシのそれと重なる。鼻の利くカカシに隠れ て他の女性と付き合うなど、不可能に等しい。しかも、彼は裏切っている相手をあんな風 にベッドで抱けるような男ではない。 「…まあ、それはナイとして…んじゃあ、何だろ……」 情報が得られるとすれば、ナルトからくらいだろうと思っていたカカシは当てが外れて舌 打ちをした。 金融関係の調査は案外難しい。 守秘義務があるから、たとえ上忍でも探り出そうとすればかなり強引な事をしなければな らない。任務でもないのにそんな事は出来なかった。 やはりイルカ自身に問い質すか、とカカシは手をポケットに突っ込んで背中を丸めた。 そしてイルカに『姿勢が悪い』と注意されたのを思い出して腰を伸ばし、すぐに力を抜く。 「いーじゃん…これくらいの方がイルカと視線が合うから…」 彼より少し背の低いイルカが聞いたら気を悪くしそうな事を呟くカカシ。 たかが3センチ。 見た目ですぐわかるような身長差ではないのだが、男のプライドはどこに潜んでいるかわ からない。 「…でも男の価値はタッパじゃないもんねー…」 それでは自分もアスマに負けてしまうではないか。 「……そして財力でも…ないよなあ…」 金はあるに越した事はないが、イルカがそんな事を気にしてせっせと小金を貯めていると いうのも考えにくい。 「………やっぱ…何か厄介事…?」 「はあ…あの三千両は痛かったなあ…」 そして、思わぬ出費と言うのは案外重なる。 アカデミー時代の同窓生の結婚でご祝儀を千両取られ、同僚に子供が生まれて祝いに五百、 宿舎の管理人の親が亡くなって香典に五百。 合計五千両がこの一週間で消えた。 アカデミーの教師などというものをやっていると、割に世間一般的な『お付き合い』をし なければならないのである。 「そろそろ布地買って、仕立てを頼まなきゃ…祭りに間に合わないなあ…」 イルカが目をつけた生成りに深縹色の模様が浮かぶ浴衣地は結構値の張る品物だったが、 これがカカシに似合う、と思ってしまったイルカにもう妥協する気は無かった。 「……仕方ない。取り合えず、一番時間のかかる物はもう注文しちゃおう! 支払いは出 来た時でいいはずだし!」 イルカはそう決心し、台所の流しの下にある物入れを開けた。 もう十年以上前に母親が作った梅酒の大きな瓶をよいしょ、とどかすと、その奥にはやは り梅酒用の大きな瓶。 ただし、中身はせっせと溜めたイルカのへそくりだった。こういう所は几帳面なイルカは、 瓶に直に金を入れず、まとまった金額ごとに小さな布袋に詰め、それをまた瓶に入れて保 管していた。だから瓶をちらりと見たぐらいでは、金が入っているようには見えない。 イルカは瓶をそろりと撫でる。 「今月はここに入れる余裕、もう無いなあ…ヘタしたら、少し出さなきゃ米も買えないか も…」 物入れの扉を閉め、イルカは米びつを覗く。 「?」 もうそろそろ買い足さなければいけないと思っていたのに。 米びつには白い米がぎっしりと詰まっていた。 「あ…カカシ先生か…」 黙って米を買い足しておいてくれたのだ。 「ご自分の食い扶持のつもりかなあ…案外、律儀なんだから…でも、助かる…」 イルカは微笑み、違う理由でも少し安堵した。 最初、へそくりのしまい場所を米びつの中にしようかと思ったのだ。 「疚しい事してるわけじゃないけど、やっぱ驚かせたいじゃないか」 イルカは暦を見た。 明日から三日間、カカシは里を離れる。 「チャンスだな。…よし、この隙に発注しよう! どうもカカシ先生、俺が金を貯めてい る様子に気づき始めたみたいだし」 結局、浴衣に合わせた帯と下駄もその場で注文してしまったイルカは、見積書を睨んで唸 ってしまった。 「こ…これは思ったより……」 へそくり全部でもまだ払えない。 なまじいい生地を買ってしまったので、店の者も帯や下駄も高級品しか勧めないのだ。 そして、『いい物』を見てしまうと、安物で妥協するのも気が進まず、何よりカカシにいい 物を身につけて欲しくて、イルカは思いきって全部いい品物で揃えてしまった。 「甘かったなあ、俺…仕立て代もかかるんだった……これじゃ自分の分なんて無理…か… …まだ買わなきゃなんない物、あるしなあ…」 抽斗をカタン、と開ける。 「…でも、この髪留めはきっと、あの下駄より高かったはずだ…」 掌の綺麗な翡翠細工。 「高けりゃいいってもんでもないだろうけど…こういうのは気持ちだよな…値段、関係な いんだ…」 カカシは値段も知らずにこの細工物を選んだ。 『あの時の』イルカに似合うだろうと。 ただそれだけで、選んでくれた。 だから自分も、彼に似合うだろうと思った物を贈る。 それだけだ。 「俺が、あの浴衣を着たカカシさんが見たいんだ! そうだよ負けるな俺! 頑張れ俺! 金は天下の回り物!」 何やら今の状況の救いにはならない事を叫んだイルカは拳を握って気合を入れた。 取り合えず、カカシのいない間の食卓は貧しくてもOK。 イルカは戸棚から買い置きのカップ麺を取り出した。 もう、自分の為だけにきちんとした料理など作る気のしないイルカだった。 イルカの『勤勉』ぶりが誰の為だったのかカカシが悟ったのは、夏祭りの前日だった。 「えええっ…これ、アナタが? 俺の為に揃えてくれてんですか?」 イルカはにこにこして畳紙を広げた。 「はい。仕立てが間に合って良かった。…去年は貴方、浴衣着なかったから…今年は着て 欲しくて。……貴方、左眼を気にしてサングラス掛けてたでしょう。だから、これ」 イルカは小さな箱を渡す。 カカシは箱を開けて驚いた顔をした。 「これは…コンタクトレンズ…? 色つきの…」 「貴方、色違いの眼の色してるから、レンズも色を変えました。嵌めると左右とも同じ様 な色の眼に見えるようになるはずです。…里の外に行くのだし、これなら目許…隠さなく てもいいでしょう?」 カカシはしげしげと小さな丸い色ガラスを眺めた。 「わざわざ…すいません。こんな、気を遣ってもらっちゃって…ありがとう、イルカ先生」 「どういたしまして。で、こっちに帯と下駄も入ってますから、使って下さい。帯の結び 方はわかりますか?」 あは、とカカシは頭を掻いた。 「自信、ありません」 「じゃあ、俺が結んで見せますから覚えて下さい」 「? イルカ先生が着付けてくれるんじゃないの?」 イルカは悪戯っ子の顔で微笑んだ。 「ダメ。ご自分で着て下さい。……明日、あの神社で待ち合わせするんですから」 「…そ、そうですか…じゃあ、頑張ります……あの〜…写輪眼使ったら…反則…?」 おずおずと上目遣いに見上げてくる上忍に、イルカは苦笑して首を振った。 「許可します。…この際、目的が達せられればいいんですから」 「なら、楽勝でっす♪」 ああ、オレ便利なモノ持ってて良かったなあ…などと、本来と甚だしく異なる使用法に『眼』 を使う為、チャクラを練る上忍であった。 祭り当日。 カカシは、約束通りイルカの贈り物を全部身につけて約束の街に向かった。 「それにしてもイルカ先生、奮発したなあ…オレが見たって、いい物だってすぐわかる。 …下駄も滑らかでいい履き心地だし」 せっかくイルカが気を遣ってくれたのだから、とカカシは眼の色をレンズでカバーして、 顔の傷も隠した。 左右同じ色の眼をした、傷の無い自分の顔を鏡で見て、カカシは苦笑した。 傷を負わず、写輪眼も移植しなければ。 何の細工も無く自分はこういう顔の男になっていたはずだったのだ。 「さて、イルカは来てるかな?」 やはり浴衣を着ているのだろうかと、カカシは人込みの中から待ち合わせ場所である狛犬 に目をやった。 180センチ近い身長のイルカがいたら、すぐにわかるはずなのだが周囲を見渡しても見 つからない。 「…オレ、早かったかなあ…」 遅刻癖で有名なカカシも、事イルカとのデートとなると滅多な事では遅れない。 ひとまず狛犬の近くに立っていようと、カカシは人込みを掻き分けて行き―――目を見開 く。 「……イ、ルカ先生……?」 そこには、昨年カカシがイルカに贈った揚羽蝶の浴衣を着た少女がはにかんだ笑みを浮か べて立っていた。 カカシを見つけて、嬉しそうに手を振る。 「あ、良かったー。よく似合いますよ、カカシ先生。ちゃんと一人で着られましたね」 品のいい、生成りの地に深縹色の模様の浴衣は、背の高いカカシを引き立てていた。 「あ、ありがとうございます…いや、本当にいい着心地で……で、あの…その…」 イルカは自分をちょっと見下ろして、小さく舌を出した。 「俺、自分のも買うつもりだったんですけど…色々と予定狂っちゃって。…まあ、これも せっかくカカシ先生が買って下さったのに、一回着ただけじゃ勿体ないですし。…こうい う時でないとこの髪留めも使えませんし……」 イルカは自分できちんと髪をあげて、翡翠の髪留めを使っていた。 ほら、と少し後ろを向いて髪留めを見せる。 カカシは腕を伸ばしてきゅ、とイルカを引き寄せた。 「イルカせんせ、可愛いっ…もー、可愛くて押し倒しちゃいたいくらいっ」 カカシにきゅうきゅう抱き締められて、イルカは困ったように笑って彼の腕を軽く叩いた。 「……それはご勘弁下さい…」 カカシはふと、真顔になってイルカを見つめた。 イルカはきっとこの浴衣を自分に着せる為に、金を貯めていたのだろう。何でもない顔で 仕事を増やして。 カカシはひょいと身を屈め、イルカの目許に軽くキスした。 「…可愛いのもホントだけど。………でもアナタってばすっごくいい男」 イルカはイルカで。 自分のしていた事など全部わかったはずなのにそれを口に出さないでいてくれるカカシに お返しのキスを頬に贈る。 「カカシ先生も。今日はまたちょっと違う雰囲気で…何だか普通に男前でカッコイイです よ?」 「何その普通に男前ってー…」 あはは、と笑った忍者達は、手を繋いで夏祭りの喧騒の中に入って行った。 「あ、今日は割り勘ですからね。何か食う時は代わりばんこに出しましょうね」 「えええ? イルカせんせが女の子役やってくれてんだから〜当然オレにエスコートさせ て下さいよお〜…アナタだって前言ったでしょう? 外聞が悪いって。こんな時に可愛い 女の子に金を出させる男がどこの世界にいるんです」 イルカはむう、と唸った。 「…カカシ先生よりうんと年上のオバサンにでも変化するんだった……」 フッとカカシは笑った。 「甘いですね、イルカ先生。たとえアナタが五十六十のオバハンに変化したとしても、エ スコートする以上オレ持ちです。オレってフェミニストですから」 「う〜…あ、したら親子に見えるようにするとか!」 「アハハ、オレ、マザコン男? 母親にたかる情けない息子になっちゃうでしょー? 却 下です」 「…難しいなあ…」 「やだなあ、イルカだってオレがどんな女に化けても金なんか出させないでしょ? 同じ です」 イルカは「んんん」と眉間に皺を寄せたが、やがて頷いた。 「…その通りですね」 そして、カカシの腕をきゅっと掴んで見上げてくる。 「すみません。…何だかかえって…」 せっかくカカシが買ってくれた浴衣があるのだからこの際もう一度くらい女姿で祭りに行 ってもいいか、と軽く考えたイルカだったが、これなら普通に普段着で来れば良かったか もしれない、と項垂れてしまった。 「どうして? オレ、イルカがそれをまた着てくれたの、嬉しいですよ? 去年はオレの 我がままでそんな女物の浴衣を着てもらっちゃったでしょう? …イルカがそんなモン喜 んで着ているわけないの、オレだってわかってたんです……なのにアナタ、笑ってオレに 付き合ってくれた。…もう一度着てくれて、浴衣も喜んでいるでしょう。…それに、オレ だけアナタの買ってくれたこんなにいい浴衣着せてもらって、横のアナタがいつもの格好 だったら何だか申し訳なくなっちゃうところでしたよ」 イルカはそっとカカシの袖を掴んだ。 「…これ、気に入って下さいました?」 カカシはうん、と大きく頷いた。 「とっても気に入りました! いい色だし、肌触りいいし」 「なら、良かったです。俺はその言葉で十分嬉しいです」 残業もBランク任務も市場のタイムセールスに走る日々も。 この一年間の密かな努力はすべて、報われる。 にっこりとイルカは微笑い、今年もカカシと一緒に夏祭りに来られた事に胸の中で感謝し た。 |
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結構書きながら紆余曲折した話。・・・2回くらい大幅に書いた文を削除して書き直しました。 それでこの程度かよ、と言われましたら返す言葉もございません。 ・・・要するに、私自身どうにも納まりの悪い話だな〜と思っているんです・・・消化不良? みたいな。 何が悪いんだがはっきりわからないんですが・・・何が悪いんでしょ? よくわからないのでUPに際してあまり直せませんでした。 てへv (てへ、じゃないだろ・・・・・・TT) 03/7/23 |