駄菓子考

 

「あーっイルカせんせーだ! せんせー、こんにちはあ」
可愛い声にイルカは振り向いて微笑む。
駄菓子屋の軒先でお菓子を頬張っている小さな子供がにこにことイルカを見上げていた。
イルカの担任しているクラスの子の弟だった。
まだアカデミーに入学する年齢ではないが、時々上の子にくっついて教室まで来てしまう。
イルカは危険な授業ではない限り、その子を無理に追い出すような真似はしなかった。
周りの真似をして手を揚げてする質問にもきちんと答えてやるので、その子もいっぱしに
『生徒』のつもりでいるらしい。
「何だ、おやつか? あんまりお小遣いを無駄遣いするなよ」
「わーかってるもんっ! イルカせんせー、おカァちゃんとおんなじコトいう〜」
「つまり、無駄遣いしてるわけだ。ははは」
イルカに笑われて、子供は「えへへぇ」とバツが悪そうに舌を出す。
イルカはひょいと子供の頭越しに店の中を覗いた。
「ふうん、美味そうだな」
「せんせーもたべる? ふがし」
子供は自分の食べている麩菓子をちょっと上に上げる。
「ああ、ありがとーな。でも、それはお前が食いな」
それでも子供は「んー」と背伸びをしてイルカに菓子を差し出す。
食べて欲しいのだと悟ったイルカは微笑んで、ほんの一欠け麩菓子をちぎって口に放り込
む。
「おいしい?」
「うん、美味い。ありがとな」
イルカは待ってな、と子供に言って、店に入った。キャラメルを一箱買い、五粒ほどつか
み出して子供の小さな掌に乗せてやる。
「お返しだ。ごちそう様」
子供はにぱっと嬉しそうに笑う。
「ありがと、せんせー。ねえ、またガッコいってもいい?」
「うん、いいよ。…でも、お兄ちゃんの邪魔しちゃあダメだぞ?」
うん、と子供は大きく頷き、イルカにバイバイと手を振って駆けて行った。
イルカは同じ様に手を振ってやってそれを見送る。
そして改めて店内を見回して、ある事を思い出す。
「あ…そうだ…!」
買ったキャラメルをポケットに突っ込み、イルカは再び駄菓子屋に足を踏み入れた。



「うわー、すっごい…これ、どうしたんです? あ、アカデミーで何かやるんですか?」
カカシはイルカの部屋の食卓に山盛りになっている駄菓子に驚いて眼を見張った。
「あ、それですか。いや、別にアカデミーは関係ないです。今日ね、駄菓子屋の前を通り
かかった時、なんか懐かしくなりましてね。ガキの頃、よく食ったっけなーって。んで、
ふらっと中に入りまして、手当たり次第カゴに突っ込んで買ってきちゃいました。いやあ、
快感でしたねえ…ガキの頃は、一度に使える額が限られているでしょう。ああだこうだと
頭を絞って、いかに安くたくさん買うかで悩んだものですが。今は好きなだけ買っても大
して財布には響きませんからねー」
「…へえ、そういうもんなんですかー」
カカシは珍しそうに駄菓子をひとつ手に取って、ひっくり返して眺めている。
イルカはがちゃ、と冷蔵庫を開けて何かを取り出してきた。
「はい、カカシ先生」
「あ! これ…」
ガラスの瓶に、鮮やかな緑色の液体が詰まっている。
「お祭りで飲んだソーダ水…?」
「ええ。あの時カカシ先生、駄菓子食った事無いって仰ったでしょう?」
カカシは何ともいえない顔で菓子の山を見た。
「…もしかして…オレに?」
「あはは、まあ…カカシ先生にも食べて欲しかったし、俺も懐かしかったから…ちょっと
調子に乗って買い過ぎちゃったですが。ちなみにこっちはラムネです」
「ラムネ?」
イルカはカカシにビー玉が栓になっている妙な形の瓶を渡した。
「こう、ポン、と下にビー玉を落としてね、それでこの窪みに玉を引っ掛けて、中のソー
ダを飲むわけで」
「…何でそんな面倒なコトするんです??」
「………さあ? 何でとかって考えたコト無かったですねえ…こういうもんだって思って
ました…」
ふふ、とカカシは笑った。
「でも、面白い。…ね、これ飲んでみていいですか?」
「ええ。もちろんです」
カカシはイルカに言われた通りにビー玉を瓶の中に落とし、飲もうと瓶を傾ける。
「?」
訝しげに瓶を口から離して、カカシは首を傾げる。
「…あ、そっか…」
瓶の中の構造を改めて確かめたカカシは、今度は上手くビー玉を転がしてラムネを飲んだ。
「ううむ、素朴な味……」
「あはは、素朴ですかー。そうかも。…良かったら好きなもの食って下さい」
イルカに卓の上を示されて、カカシは「じゃあ」と手近なものを拾い上げる。
「これ、なんです?」
色鮮やかな細いチューブ。
「…たぶん、中にゼリーみたいなもんが入ってるんじゃないかなあ。上をちょっと切って、
下から押し出すか歯でせり出すかして食うって感じですかね」
「へえ。でも甘そうですねえ。…うわ、ちっこい入れ物。えーと、ヨーグルト…?」
「モドキですよ。所詮子供騙しですから。中身は、よくビスケットに挟んであるクリーム
みたいな感じです。…あ、でもこっちのちっこいプリンは結構イケます。ああ、そうそう
それからね…」
イルカは冷凍庫から何やら小さな細長いビニールの包みを出してきた。
「これも駄菓子ですけど、凍らせると氷菓子みたいになって結構美味いんですよ。甘さも
まあ程々で」
はさみでちょんと上を切って、イルカはその菓子をカカシに渡す。
カカシは素直にその菓子を口に運んだ。
「あ、どうも。………ん、これあんずですね。うん、シャリシャリしてて美味い。へえ、
なかなかですね」
初めて口にした駄菓子が結構ちゃんと食べられるものだったので、カカシも安心したよう
に改めて物色を始める。
「あ、イカだって。これも何となく美味そうだなあ」
「そうっすね、どっちかと言うとそれは酒のつまみ系ですから、イケるかもしれません」
カカシはひら、と薄い袋を手に取る。
「……カツ…? 何だかすっげーアヤシイ…」
袋には、色形はカツに似た薄っぺらい物体が入っていた。
「…あー…それはねー…カツもどき…一応カツなんですが、普通のカツと比べちゃいけな
いシロモノです。……それ、ガキの頃は母ちゃんに禁止されてて食ったこと無かったんで、
つい買ってみたんですが…さっき試しに一枚食ったら…」
「まずかった?」
「……絶賛して貴方にお奨めするような味ではなかった…かな?」
イルカは苦笑して小さなチョコボールを指先でつまみ、カカシの口に放り込んだ。
自分も同じ物を口に入れる。
「ん。このチョコは美味しいじゃないですか」
「これはモドキじゃなくって普通のチョコですね」
カカシはひょいと小さなボール状の物体を拾い上げる。
「こいつは何です? 小型の火薬弾みたいですね」
「ああ、あんこ玉ですね。…これね、面白いんですよ。楊枝で刺すと、つるっと周りが剥
けるんです」
「どれ」
ぷつ。つるり。
「おお、何となく面白い」
「カカシ先生、そんなもんに千本使わんで下さい…」
クナイで刺すよりましかもしれないが、イルカの指先の楊枝が空しかった。
「まーま、いいじゃないですかー。結果オーライ」
カカシはぱくん、とあんこ玉を口に放り込んだ。
「…うッ…」
途端に口を抑えて何かを訴える眼差しでイルカを見上げるカカシ。
「ははは、甘いでしょう。けっこー凶悪に甘いんですよ、それ」
「ううう…」
涙目のカカシが気の毒になり、イルカは救いの手を差し伸べた。
「半分食ってあげます。噛み割って下さい」
イルカが唇を近づけると、カカシは喜んで自分の唇を押しつけて来た。
甘い塊がつるりとイルカの口腔に滑り込んでくる。
「…………」
イルカは黙ってそれを咀嚼して嚥下する。
「…カカシせんせ」
「…ハイ」
「俺、半分って言ったんですが。…今、全部よこしましたね?」
「だって予想外の甘さだったもんで…すいません」
はあ、とイルカは肩を落とす。
「麦茶飲も…」
「あっイルカ先生っオレも!」
「はいはい」
あんこ玉の味とラムネは合わないので、イルカはカカシにも麦茶をいれてやる。
「まー、時々そういう甘過ぎるのとか、何考えてこんな味付けしやがったのかってシロモ
ノもありますが…まあ、概ねチープな味を覚悟すりゃあ食えますよ」
「…なかなかスリリングですね…」
「子供の少ない小遣いでも買えるものです。多大な期待をしてはいけません。だから駄菓
子っていうんですが。…それでもガキの舌にはごちそうに思えるんですよね。大抵いっつ
も腹を減らしてたし」
「……なるほど…三、四日食ってなかったらさっきのクソ甘い塊もそりゃあ美味いかもし
れませんねえ…」
カカシはずずず、と麦茶を啜った。
「ええ。何も食うもん無かったら、その薄っぺらいカツモドキだってきっとご馳走になり
ますよ」
カカシはふと何やら思いついたらしく、真剣にその薄いカツを眺めている。
「…これ、日持ちするんですよねえ…」
「ええ。駄菓子屋のでっかい瓶に詰め込まれて売られているんですから、一ヶ月二ヶ月は
余裕で持ちますよ」
カカシはぺり、と袋を剥いて一瞬躊躇った後、薄いカツを齧った。
「………ふむ。吐き出すほど不味くもないが、喜んで何枚も食える味じゃないですねえ…
味、というよりこの油の感じがイケません。………ねえ、これ携帯食として活用できませ
んかね。もっと研究して栄養価を高くして、後味がいい物に出来たら…薄くて軽くていい
じゃないですか」
イルカは面食らって駄菓子のカツを見つめた。
「…携帯食…任務中の? …考えた事もなかった…」
「こういういかにも『食い物』って顔した携帯食って少ないんですよね。…兵糧丸は小さ
いけど食い物と言うより薬だし。一応身体は持つけどあまり食った気しないし、多用出来
るモンじゃないでしょ? 他の携帯食もマズイもんばっかで…任務も長丁場になると、何
か食い物らしい味が欲しくなるじゃないですか」
「はー…なるほど」
イルカにとってはただのノスタルジーである駄菓子も、初めて触れるカカシには珍しくて
新しいものだ。
着眼点が全く違ってしまっている。
「ねえ、イルカ先生。駄菓子って、大抵日持ちするんでしょ?」
「…ええ、まあ大抵は…」
カカシは嬉々として駄菓子の山に向かい合った。
「よし! そーとなりゃあ、これ全部試して、携帯食の幅を広げよう! もっといい物が
あるかもしれないし。参考に出来るモンとか。ねえ、イルカせんせ」
「はあ…」
単にイルカはカカシが子供の頃に食べ損なっていた『子供の味』を経験させてやりたかっ
ただけなのだが、今や完全に目的が違ってしまっている。
だが楽しそうに駄菓子の山と格闘し始めたカカシを見て、イルカは口許を綻ばせた。

「まあ、いっか…」
 



 

駄菓子。最近は、下町に残っているお店だけじゃなくて、専門の可愛いお店が出来たり、
コンビニ・スーパーでも扱っていたりしますね。
青菜、子供の頃は買い食い禁止だったので、駄菓子を殆ど知らず、この話を書くのに
ネットサーフして調べたり、実際に買いに行って少し自分で食べたりしました。
ヨーグルトはダメです。プリンはまだ美味しい。(笑)
でも、添加物バリバリで身体には悪そう・・・

03/6/14

 

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