揚羽蝶変化―3

 

「さて、と。イルカ先生はここらでちょっと待ってて下さい。オレ、何か夜食と酒でも仕
入れて来ますから」
里に入る手前の、小さな稲荷神社。
頭一つ背が低くなった所為もあり、空気の悪さに少し人酔いしたらしいイルカは素直にそ
こで休む事にした。
もう暗くなっている境内は、シンとしていて落ち着く。
「…ふう……」
仕事ならばもっと気が張っているから、人の中にいるくらいで疲れたりはしないのだが。
里はもう目と鼻の先。
里にさえ入れば、イルカの宿舎もすぐだ。
「早く元に戻りたい……」
カカシは、『彼氏』として出来るだけの事をしてくれて。
それはイルカにとって、どこかくすぐったいけど『たまにはいいか』と思える楽しいデー
トだった。
でも、カカシに気を遣わせてばかりいるのは落ち着かない。
やはり自分は自分らしく、カカシの面倒を見ている方が気楽だ。


ぴくん、とイルカの身体がわずかに緊張した。
「……ふん…これは……」
灯篭の下の石段に腰を預けていたイルカは、ころ、と下駄を転がしながら、それとなく周
囲に注意を払った。
(……三人…五人……忍びの足使いじゃないなあ……ただのチンピラかな? ……ざ―ん
ねんでしたーっと。今は俺、財布持ってないもんなー…)
自分自身が狙いだとはすぐに思わないあたり、イルカも危機感が無い。
「よお、何してんの? こんな所で一人でさあ」
暗がりから現れた男達の一人が、馴れ馴れしく声を掛ける。
「彼氏に振られちゃったのかなー?」
「迷子じゃねえよなあ」
何がおかしいのか、ゲラゲラと笑う。
男達にとっては、目の前の大人しそうな少女はもう、逃しようの無い獲物だったのだ。
「………」
イルカはちら、と視線を上げたが、すぐにつまらなそうに欠伸をした。
「……おい…」
「もしかして、この女…頭が弱いのか…?」
イルカが怯えた素振りを見せないので、男達はかえって戸惑ったようだ。
「それならそれでもいいじゃんかよ。見ろよ…可愛い顔してるじゃねーか。なー、俺達と
遊ぼうぜ? キモチイイ事教えてやるからよ」
そう言った男は、イルカの手首をつかんだ。
イルカは微かに顔を歪めた。
「……ああ、そっちか……面倒な…」
嫌悪感も顕わに小さく吐き捨てるとイルカは手を引かれるままに立ち上がり、そのまま相
手の手を捻って投げ飛ばした。
「痴れ者が。……怪我をしないうちに立ち去れ。すぐ退くなら見逃してやる」
投げ飛ばされた男の仲間達は少なからず動揺して後退る。
「…おい…まさか……」
男達はここが木ノ葉の隠れ里の近くだとやっと気づいたようだった。
「く、…くノ一……?」
忍の体術に一般人が敵うわけがない。
相手が悪かった事を遅まきながら悟った男達は、慌てて逃げ出そうとした。
「あらら〜…ダメですよお、五人がかりでか弱い女の子をレイプしようなんて不埒者を見
逃しちゃあ」
その行く手を、のんびりと歩む男が阻む。
「ちゃーんとお仕置きして、二度と悪さする気を起こさないようにしてあげるのが世の為
人の為ってもんです……」
男達は、新たに現れた男も忍だと本能的に悟る。
「う…あ…」
情けない声を上げ、別方向に逃げようとするが、いつの間にか移動していたイルカに退路
を断たれる。
「…それもそうですね。…ここで見逃して、別の娘さんが襲われたりしたら寝覚めが悪い
……」
暗い境内に野太い悲鳴が木霊する。
運の悪い男達は、邪まな企みの報いをそこでたっぷりと味わう事になった。




「あー、いい湯だな〜〜…」
変化を解いたイルカは、開放感に浸っていた。
結局、『お仕置き』した男達をまとめて自警団に突き出し、カカシだけ身分を明らかにして
(それでも木ノ葉の忍だとしか告げなかったが)さっさと戻って来たのだ。
湯船で寛いでいるイルカを横目で見ながら、カカシはがしゃがしゃと髪を洗う。
「…すいませんでした」
「はあ? 何がです? カカシ先生」
ざばっと湯をかぶり、カカシはしかめっ面で唸った。
「……あんなに暗くなってから、女の子を一人にするなんてどうかしてました。…嫌な思
いをさせましたね」
わはは、とイルカは笑い飛ばした。
「そんな。本当に女なわけじゃなし、仮に本当に女だとしてもくノ一にそんな気を遣う男
はいないでしょう。カカシ先生が謝る事は一つもないですよ。…しかし、ああいう輩はい
なくなりませんねえ…」
「…可愛い女の子が暗い境内に一人きり。…飢えた犬の鼻先に肉をぶら下げるようなもの
ですから…襲って下さいって言っているようなものだったかな、と…」
イルカは湯を汲んで、泡の残るカカシの髪にかけてやる。
「それならそれで、別の娘さんが目をつけられる前に俺の所に来てくれて良かったですよ。
…俺も甘いですよね。逃がしたら、別の娘が犠牲になるだけだったかもしれないのに…」
「一度は見逃す気だった割にはアナタしっかりヤキ入れてましたね。本当は結構不愉快だ
ったんでしょ。…あ、そーだ。今度からああいうカッコの時は蹴り入れるのやめて下さい
よ。裾から白い脚がばっちりで、あの男、蹴られながら幸せに浸ってましたよ?」
げ、とイルカは嫌な顔をする。
「…やな事言わんで下さい……リーチがいつもより短いんで、脚の方が効率が良かっただ
けなんですから。特に小柄な女性は足技の方が威力あると、生徒にも教えた事を実践して
みました。…でも、素人相手に本気で蹴ってませんよ」
ちなみに男に戻ったイルカの脚はお世辞にも白くは無かった。
白い脚、は色素の薄いカカシの方である。
「……財布持って無くても、クナイはしっかり持ってるしねえ…流石、くノ一も教えてい
る先生は違いますねえ…」
「俺、クナイ使わなかったじゃないですか。忍び相手じゃないのに武器なんて……あれ? 
何で知っているんです…?」
カカシはにんまり笑った。
「腰に手を回した時に、帯に挟んでいるのに気づきました。三本は仕込んでいたでしょ。
も〜、色っぽくてホレ直しちゃう」
イルカは脱力して湯に沈んだ。
「………カカシさん、変…」
「そお? 可愛い女の子が浴衣の帯に刃物仕込んでいるなんて、ゾクゾクしちゃうけど」
カカシの感性が少々変な事は身を持って実感しているイルカは反駁するのも虚しい気がし
て、石鹸に手を伸ばす。
自分みたいな男を好きだと言う事自体が『変』なのだし。今更だ。
「あれは母の帯ですから。母はくノ一でしたからね。…帯に、クナイや小刀を留められる
細工がしてあって…それ見たら、つい仕込みたくなっちゃったんですよ」
イルカは手拭いに石鹸をこすりつけ、湯船に浸かったまま腕を伸ばしてカカシの背中を擦
り始めた。
「つい、ねえ…」
「ははは…ええ、つい、です。……ねえ、カカシ先生」
「はい」
カカシは肩越しに振り返った。
身を乗り出していたイルカに、ちゅ、とキスされる。
「……今日はありがとうございました。…ああいうのも、楽しかったです。…実にその…
新鮮でした」
「最後にちょっと味噌がついちゃいましたけどね。…でも、イルカが楽しかったんなら…
オレも嬉しいな」
「来週は里内の神社で祭りですよ。ご存知でした?」
「ええ、まあ……サクラが気合入れて浴衣地選んでましたから……そうそう。イルカ先生
も引率付き合って下さいね。サクラの奴、七班全員で行こうって作戦なんですよ。サスケ
だけ誘っても来ないかもしれないからってね。何故かオレも巻き込まれちゃって。…ナル
トが絶対にアナタを誘いに行きますから、来て下さい。…ね?」
イルカは内心納得していた。
里の祭りでは絶対に二人きりで遊べないから、カカシは今日他の土地の祭りに行こうと誘
ってきたのだと。
「…了解。…何となく、そういう展開になりそうな予感はありました。……ひとつ訊きた
いんですが、貴方あの浴衣…もしかしてサクラと一緒に買ったんじゃ……」
カカシはにぱっと笑った。
「ええ。サクラが浴衣買うって言うから、適当な理由をつけて一緒に行ったんですよ。や
っぱり、女の子と一緒の方が入りやすいでしょ、ああいうお店」
やはり、サクラが浴衣を着ると聞いて、自分に浴衣を着せる事を思いついたのだとイルカ
は悟った。
「……つまり、あの浴衣は買ったもの…なんですね…」
誰かからの借り物ではなく。
「ええ。あれもプレゼントです〜♪ 良かったらまた着て下さいね」
女物の浴衣に髪留め。
おそらくカカシと付き合っていなかったら一生贈られる事の無かった品々だ。
「それはどうも……」
「イルカせんせ、今度はオレが背中流してあげますね〜」
カカシは嬉々としてイルカから手拭いを奪い、イルカを洗い場に引っ張り出す。
「あ、すいません……って、そこ背中じゃないです! こらちょっと……!」
「あはは〜、いいじゃないですか〜たまにはこういう所でやりませんか? 刺激的でしょ
〜?」
「今日は充分刺激的でしたけど?」
「………イルカせんせ、こういうの嫌?」
カカシはちょっと萎れて、伺うようにイルカを見上げてくる。
イルカは、氷屋のおばさんのセリフを思い出し、苦笑した。
(少しは彼氏の希望も聞いてあげる事ね、か……)
「…嫌じゃないですよ。俺も男ですから。…たまにはいいかも」


―――そう、たまには。
イルカは石鹸で滑るカカシの身体を抱き締めて、笑いを漏らした。
「何…? イルカ先生ったら、ヤラシイなあ」
「笑っただけでしょ。今日は一日、おかしな日だったなって思っただけです」
カカシはイルカの手に反応しながら、笑いを返す。
「…でも、悪くなかった。…でしょ?」
「…ええ。…悪くなかった………」



来年の祭りも、二人で過ごせるのだろうか。
イルカは確約出来ない未来に思いをはせる。
もしも来年があるのなら。
今度は自分がカカシに浴衣を贈ろう。
男物の浴衣と帯と、それに下駄。
財布に余裕があったら、自分の分も。
―――買えなかったら、また女物着なきゃならなくなるぞ…

イルカは生まれて初めて、目標に向かって積み立て貯金する事を決意したのだった。


 



お前はイルカカだろう、何考えてやがる、な展開のSS。でも最後のお風呂えっちはちゃんとカカシ受けなのでご安心をv 
カカシさんも男性ですから、可愛い女の子を連れて歩くのは嬉しいんですね。
でもイルカせんせが好きだからイルカせんせとデートしたい。
・・・それでダンナ(笑)を女装させるかね・・・すこ〜し思考回路の妙な男。
そうそう、同人誌に掲載した時も書いたのですが、イルカの足が白かったのは女体変化の所為ですので。
本人はすぐ日焼けする男。おまけに地黒。
嫌だわ、色白のイルカなんて。キモいわ。(笑)
カカシさんが色白なのはOKだけど。むしろ、でなきゃ変だろーと思うので。ねえ?(<誰に同意を求めている・・・)

03/7/1

 

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