+++ おぞうに +++
真剣な顔をして正座したカカシさんが、「お話があります」と 切り出してきた時、情けないことに俺の脈拍は物凄い勢いで上 昇してしまった。 まさか。 まさか、りっ…離婚………とかっ……… そういう事を言い出しそうな程、彼女の顔は思い詰めているよ うに見えたのだ。 俺は内心動揺しながら、カカシさんの前に座った。 「…なんでしょうか」 「あの…イルカ先生。お願いが…あるんです」 「お願い?」 やっぱり、別れて欲しいとか言うんだろうか。俺は思わず膝の 上で拳を握りしめる。 「………こ、今度の…お正月ですけど」 ………お正月? カカシさんはキッと顔を上げた。 「おせちもお雑煮も、全部オレが作りますから!」 はい? 「イルカ先生は手を出さないでくださいっ!」 ―――大宣言。 ええと、取りあえず俺の頭を一瞬よぎった危惧はただの小心者 な夫の杞憂ということで。 最初に思ってしまった事が俺にとって最悪の事態だっただけに、 俺は彼女の『お願い』に『何だ、そんな事か』と安心してしま った。 「俺は、何もお手伝いしなくてもいい、という事ですか?」 カカシさんはコックリと頷く。 「お料理はオレがやります! イルカ先生には障子紙の張り替 えなんかをお願いします」 ………ああ、そういやあ障子はもう結構ヒドイ事になっていた っけなあ………花や葉っぱの形に切った紙で補修するにも限界 はある。 可愛い一人息子が立って歩くようになった所為なのだが、これ も成長過程なのだから仕方が無い。チドリだって、わざと破い ているわけじゃないんだ。 「ええ、障子は張り替えなければと思っていました。もちろん、 お任せください」 カカシさんはようやくニッコリ笑う。 「よろしくお願いします」 「あ、でも買い出しは俺も手伝いま」 すから、というセリフは最後まで言わせてもらえなかった。 「いーえっ! お買い物もオレが行きます。材料からぜ〜んぶ 揃えなきゃ意味無いんです!」 ………要するにまた、彼女は彼女なりに「こうしなければ」と 思い決めたコトがあるようだ。すっかりスイッチが入っちまっ ている。 ここで逆らっちゃいけないんだよな。 彼女が助けて欲しいというサインを出してくるまでは、手出し したらダメなんだ。 「………わかりました。じゃ、俺の手が要る時は言ってくださ いね?」 カカシさんは上機嫌で頷く。 「はい♪」 正直、彼女の料理には一抹の不安もあるのだが。 いやいや、最近は結構マトモな物も作れるようになってきた事 だし、妻を信用しなくては! 「…あ、年越しそばは?」 すこ〜し首を傾げてカカシさんは思案した。 「………それは出前で」 なるほど、そばまでは手が回らないが、俺に台所に入って欲し くないんだな? 「………了解です」 そして迎えた元旦早朝。 卓の上を見て、俺は思わず感嘆をもらした。 「すごい………」 完璧だった。 『お正月の食卓』とタイトルをつけたくなるような光景がそこ に広がっていたのだ。 研究熱心なカカシさんのこと、きっと一生懸命に本で調べたり、 ヨネさんに聞いたりしたんだろう。 良かった。余計な手出しをしなくて。 やると決めたからには、自分自身の力だけで完璧な正月の膳を 調えたかったのだ。カカシさんは。 そこへカカシさんが暖簾をかきわけてひょっこりと顔を出す。 早起きしたわけではないのだろう。朝に弱い彼女はきっと、完 徹したんだ。少し目が赤い。…なんてけなげな。 「おはようございます。…あ、明けましておめでとうございま す」 「おはよう、カカシさん。明けましておめでとうございます。 凄いですね、びっくりしました、これ」 これ、と食卓を指す。 うふふ〜、とカカシさんは嬉しそうに笑った。 「これでいい? イルカ先生。オレ、頑張りました!」 「ええ、もちろんこれで完璧ですよ。よく頑張りましたね」 そして今年の初キス。労りと、感謝と愛を込めたキスだ。 カカシさんは、イルカ先生に褒められちゃった〜、と嬉しげだ。 ああ、本当に可愛い。 まだ少しおねむのチドリを起こして連れてきて、うみの家の正 月の始まりだ。 「はい、お雑煮。イルカ先生は最初お餅二つでしたよね」 「ありがとう。…ああ、美味そうですね」 雑煮もまるで料理雑誌から抜け出てきたような美しさだ。これ ならば火影様をご招待してもいいくらいの出来映え。さすが、 俺のカカシさんだ。 お屠蘇はちょっと甘かったが、これはチドリが舐めることも考 えたんだろう。 「頂きます」 俺は雑煮を口に運んだ。 ―――身体中に電撃が走った。 何故っ何故こんな…っ…見かけが完璧美味そうなのに、こんな見 た目とかけ離れた気の遠くなりそうな味………っ??? 俺は根性でソレを飲み込む。(吐き出さなかったのは愛だ。ただ ひたすら愛ゆえだ) 食道と胃が焼けるようだ。涙がにじむ。 「うふ。どうですかー? …お正月ですから。身体にいいものを たーくさん入れました! これで一年、皆が健康に過ごせますよ うにって」 ソレはいったい何と何と何を入れたんですかカカシさん………っ それって食材ですか? もしかして分類すれば『薬』、しかも 『劇』がつきそうな類の―――を入れませんでしたかっ? いや、元は劇薬じゃなくても、鍋の中で化学変化を起こしたのか もしれないが。 ………断言できる。 彼女はこれの味見をしていない。もしかしたら他のおせち料理も 以下同文…? チドリがスプーンで雑煮を口に入れようとしているのを目の隅で 捉えた俺は、反射的にそれを阻止していた。 「ダメだ、チドリッ!」 チドリの、ひよこさん柄のお椀が床に転がる。 俺は何とか持ちこたえられるが、まだ二歳にもならない赤ん坊が 食ったら死ぬかもしれない。 本能がそう告げた結果の行動だった。 チドリはびっくりして固まり、カカシさんのチャクラが剣呑な空 気を醸し出していく。 気まずい沈黙。 「………あ…あの………カカシさん…………これは…………」 「―――ひどいいっ! イルカ先生……っっ」 その後の修羅場は、想像にお任せしたい。 |
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ あけましておめでとうございますv えー、元ネタは友人Rさん。(つか、殆ど話の筋を作ってくれた)ありがとうございました。 「お正月小ネタならこういうのがいい」とファミレスで話してくれたのをそのまま書いたよRさん。 イルカ先生は愛で何とか食べるけど、チドリには食べさせないそうです。なるほど。(笑) ちなみに彼女は、夫婦シリーズのイルカ先生はラテン男過ぎて(爆)お好きではないとの事。 男同士のイルカ先生の方がいいらしい。………そんなに違います…?^^; ちなみに、カカシちゃんは一応味見しています。そして、その後化学変化を起こすシロモノ を入れました。味が変わるとは思わなかったのですね。 正月早々夫婦喧嘩………;; (07.1.3)
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