+++ さんま +++
オレの親父はとにかく不器用な男だった。 これは忍者として、ではなく日常生活能力という点においてで ある。 料理や掃除や洗濯といった家事能力が著しく低かったのだ。 イルカ先生に比べたらオレもあまり器用とは言えないが、それ でもあの人よりはマシなんじゃないかと思う。 もっとも、親父はオレがまだガキの頃に死んでしまったから、 その記憶は断片的なものでしかないのだけど。 あれは、オレが幾つの時のことだったんだろう。 珍しくあまり焦げ過ぎずに焼けていたサンマを、オレは一生懸 命食べていた。 そんなオレを見て、親父は訊いた。 「………美味い?」 無言で頷くオレ。 だっていつもみたいに真っ黒に焦げてないし。 「カカシは、サンマが好きなの?」 別に嫌いではなかったからまた無言で頷くオレ。 「そっかー、カカシはサンマが好きなのか!」 ………いや、嫌いじゃないって程度の『好き』なんだけど。 その時から、親父の頭の中には『息子の好物はサンマ』とイン プットされてしまったようなのだ。ああ、この日まともなハン バーグが食卓にのるという奇跡が起きていたら、オレの好物 はハンバーグになっていただろうに。 だって、考えてもみてくれ。 いくら忍としての能力がそこらのガキに比べて高いとはいえ、 オレもガキに変わりはなかったんだよ。 その年の誕生日、皿に山積みになったサンマを目の前にして、 正直オレは引いた。 親父。 ………マジにオレが喜ぶと思ったんだろうか。 まだ幼児だぞ。 サンマの塩焼きが一番の好物なワケあるかい。 世の中甘いケーキとか、ガキが好きそうな美味しいものが山ほ どあるじゃないか。 幸か不幸かオレはそれらを口にする機会があまり無かったんだ けど。 出来れば誕生日にはケーキが食いたかった。 その時自分がどういうリアクションをしたのか、何故だかよく 覚えていない。 舌が大人になってからは、美味いと思うものもだいぶ変わった。 サンマに関しては特にあれが『好物』ではなかったんだが。 (もしかしたらガキの頃のアレが一種のトラウマになって、進 んで食おうとしてなかっただけかもしれないけど)でもある日 イルカ先生が大根おろしと醤油に、柚子を添えて出してくれた サンマの塩焼きが、絶品に美味かった。 何? サンマってこんなに美味いモンだったっけ? 黙々と食うオレを見て、イルカ先生は訊いた。 「……美味しいですか?」 無言で頷くオレ。 だって、マジ美味かったから。 「カカシ先生、サンマお好きだったんですか」 妙なデジャブを感じながら、オレはまた無言で頷いた。 うん。 今ならオレ、『好きなもの=サンマの塩焼き』って言えそう。 「…でも誕生日にサンマじゃなくても良かったんじゃないです か?」 オレの恋人は気を遣ってもっともっと『お祝い』らしい料理を 用意してくれる気だったらしいのだが。 オレは笑って首を振る。 「いえ、オレ、サンマ大好きですから! 誕生日にはケーキじ ゃなくて、サンマでいいんです」 「……なら、いいですけど……」 食べやすく細かい骨を外したサンマの身が、皿に取り分けられ て目の前に出される。 イルカ先生は「今日だけのサービスです」と微苦笑を浮かべた。 うん、サンマは美味いけど、この骨がね。面倒なんだよね。 いつもはここまで面倒は見てくれないけど、今日は誕生日だか ら特別らしい。 いいなァ、こういうの。愛されてる気がしてさ。 「ありがとー、せんせ! 大好きですー!」 なぁ、親父。 不器用な、親父。 オレを喜ばせようと、わざわざ遠くの魚市場まで行って新鮮な サンマを山ほど買ってきた親父。 誕生日にはケーキじゃなくて、細長い魚の塩焼き。 もしオレの誕生日が秋じゃなかったとしても、きっとサンマが 出てきたはずだと―――自信を持って断言できる。(何故なら、 自分がそう思い込んだとしたらやりそうなコトだからだ) オレの好物はサンマの塩焼き。 大事な恋人が焼いてくれるようになってから、やっと『好き』 だと言えるようになった焼き魚。 あんたのズレた思い込みは、二十年以上経ってから本当の事に なったよ。 |
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ えー、カカシ先生お誕生日オメデトウ小ネタでした。 『カカシ先生の好きなもの=サンマの塩焼き』という『臨の書』ネタに挑戦。(笑) (……ありがちなネタですみません………;;) ついでに、イラストの方ともリンクさせてサクモさんを絡めてみました。 魚を焦がす名人だった模様。(焦げたところを食べるのは体に悪いそうですよ) (05.09.15)
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