+++ ぱてぃしえ +++
台所で夕飯の下拵えをしていたら、後ろから小さな足音がそっ と近づいてきた。 これは、チビの方だな。 「………おとーさん」 おや、何だ? いつになく真剣な声。 「何だ? チハヤ」 「………あのね、あの………ケーキって、ウチで作れるの?」 「そうだな、作ろうと思えば作れるんじゃないか?」 「おとーさん、作れる?」 俺は思わず首を傾げた。 オヤツを手作りする事は皆無では無かったが、あれは時間的、 精神的にゆとりが無いと出来ない。だから作ったとしても、 せいぜいが白玉だんごやホットケーキくらいだ。 チハヤの言うケーキとは、ホットケーキの事ではあるまい。 ならわざわざ聞くわけないしな。 「う〜ん、作った事は無いが………」 「………おとーさんにも作れないの?」 おい、カカシさんにソックリなその顔でそんな切なそうな眼を するなよ。 「いや、作ろうとした事がないんだ。………チハヤ、作って欲 しいのか?」 ううん、とチハヤは首を振る。 「違う。………おれが作りたいの。だから、おとーさんが作れ るなら、教えてもらおうと思ったの」 「お前が?」 チビはコックリと頷く。 「おかーさんと、お兄ちゃんにあげるの」 ああ、そうか。 来週はカカシさんと、チドリの誕生日か! (ちなみに先週はこのおチビの5歳の誕生日だった。家族の誕 生日がくっついていると、続けざまにお祝いなので忙しい) 「お母さんと、お兄ちゃんの誕生日に、ケーキを焼いてあげる のか? それはいいな、チハヤ。いい思いつきだぞ」 頭を撫でてほめてやると、チハヤはくすぐったそうな顔をした。 「よし、作ろう。お父さん、手伝ってやる。美味しいの作って、 お母さんとお兄ちゃんをビックリさせてやろう?」 顔を輝かせ、うんっとチハヤは頷いた。 とはいえ、どうすればいい? 5歳の子供が初挑戦するケーキ。 まだチハヤは、卵を割った事も無いのだ。(6歳で中忍になっ たカカシさんは、やっぱり特別な天才なんだと思う) この子は、俺が焼いたスポンジにクリームや果物で飾り付けを するだけでは満足しないだろう。俺は、出来るだけチハヤが 『自分で作った』と思えるところまでやらせてやるつもりだっ た。となれば、難しい本格的なケーキは無理に決まっている。 ………仕方ない。困った時のばーちゃん頼みだ。 俺の話を聞くと、ヨネばあちゃんは嬉しそうに笑った。 そして知恵を授けてくれ、台所まで貸してくれたのだ。 確かに、家で作ったのでは練習段階でバレてしまう。チハヤは、 二人を驚かせてやりたいのだろうから。 かくして、チドリの誕生日当日。カカシさんの誕生日は二日後 だが、ここ数年はケーキやごちそうでお祝いをするのは一緒に やってしまっている。(彼女の誕生日は誕生日できちんと俺が プレゼントをするからいいのだ) チハヤは誇らしげに手作りのケーキをテーブルに運んできた。 「おかーさん、おにーちゃん、おたんじょうびおめでと!」 可愛らしいカップケーキが、きちんとクリーム、果物、チョコ レートでデコレーションされている。ヨネばあちゃんは、子供 にも作れる簡単なケーキを教えてくれたのだ。 チハヤは一生懸命練習して、人数分のカップケーキを作り、そ れぞれに工夫した飾りつけをした。子供ながら、なかなかにセ ンスがある。(俺も親バカ) カカシさんは、その可愛らしいケーキに眼を瞠った。 「うわあ………これ、もしかしてチハヤが作ったの?」 うん! とチハヤは胸を張った。 「おばーちゃんとね、おとーさんにね、教えてもらった!」 「とても上手に出来たね。チハヤ、ありがとう」 カカシさんにチュ、とほっぺにキスされて、チハヤは照れたよ うに笑った。 「すごいねー、チハヤちゃん。ありがとう!」 お兄ちゃんにもほめられて、チハヤは凄く嬉しそうだ。 もしかして、この日一番嬉しかったのはチハヤだったのかもし れない。 子供の頃のこうした経験は、後の人生に多大な影響を及ぼす。 みんなに美味しいと称賛される喜びを知り、チハヤは料理に目 覚めてしまったのである。 もしかすると、この子には忍者よりも料理人の才能の方がある のかもしれない。 どう見ても、手裏剣の練習よりもホイップクリームを作ってい る時の方が熱心だ。 未だに包丁よりもクナイの扱いの方が得意なカカシさんは、そ んな息子を複雑な顔で見ている。 「………イルカ先生、あの子の器用さって、アナタに似たんで すかね………」 「いや、カカシさんの血だと思いますよ。一つの事に集中する 力は」 カカシさんは「そうかなあ」と懐疑的な眼で俺を見上げ、そし てふいに笑みをこぼした。 「でもま、悪い事じゃないから、いっか………」 そうさ、男が料理できるのは悪い事じゃない。 小さな料理人は今日も卵を割り、小麦粉をこねる。 我が家のエンゲル係数が確実にあがっていっているのは物悲し いが。 ………いいじゃないか、ケーキ作りが趣味の忍者がいても。
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+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ カカシさん、お誕生日おめでとうございます! ………はい、これは一応カカシさんのBDネタなのです。 …どこがじゃーい、と突っ込まれそうですね。…ひねり過ぎだろ…TT 次男はこの後、母カカシよりお料理がうまくなっていきます。 カカシさんは家庭的にちょこっとぶきっちょさんのままの方が可愛いと思うのです。 (07.9.15)
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