+++ おでん +++

  

オレの誕生日を過ぎた頃から、街で目にするものがやたら秋めいてくる。
実際少し歩けばダラダラと汗をかき、サングラスが手放せないような陽気でも、『暦の上は』秋だからだ。
まあ、熱帯夜が無くなってきただけヨシとしよう。
朝までエアコンつけっぱなしなどという不経済かつ地球に優しくない行為は、ウチの相棒が頑として認めてくれない為、どんな熱帯夜でもエアコンは寝入りばなのタイマー3時間。後は扇風機が、そよらそよらと首を振っているのが唯一の涼なのである。
当然、そんなクソ暑い時にはえっちも出来ねえ。
そういう忍耐ばかりを強いられる夜から解放されただけでもありがたい。
近所のコンビニのPOPなんかも、『秋』を強調して作り物の紅葉を飾ったり、栗を使った食い物のフェアをやってみたり。
季節の変化を一番に感じるのがコンビニの戦略だっていうのが何だかな、だけどね。
オレはコンビニ大好きっ子だから、別にそれが悪いとは思わない。むしろ、楽しい。
でもさ、何でもかんでもコンビニの思惑に乗せられているわけじゃないんだぜ?
コロンコロン、と鳴るコンビニの入り口をくぐって中に入ると、この季節独特の匂いがした。おでんだ。
「コンビニのおでんを見ると、冬に向かってる感じがしない?」
オレはただ、そう言う季節だねえ、といった意味で何気なく口にしただけだったんだが。
イルカはレジ横のおでんを一瞥し、低く小さな声で
「絶対に買うなよ」
と、一言オレに釘を刺した。
いや、特に買おうとは思ってなかったんだけどね。つい、子供みたいに聞いてみた。
「………何でさ」
イルカさんは、ドきっぱりと「不衛生だ」の一言で片付けた。
いつの生まれのオバチャンですか、アンタ。
実際、あまり衛生的とは言えないと常々思っていたモノではあるけれど。んなモン食った程度でハラ壊すようなら大問題だ。
「あの…その論法だと、夜店の屋台モノからイチゴ狩り、ベーカリーで剥き出し陳列のパンを買うのも全部不衛生だってコトになんない?」
イルカは一瞬言葉に詰まったような顔をしたが、すぐに「まずい物を金出して買うことはない」と切り返してきた。
お〜い、営業妨害って言わない? ソレ。少しでも美味しくしようと精進努力しているであろう、コンビニ会社の人に失礼じゃん。
実のとこ、オレもあーんまりウマイとは思ってなかったんだけどさ。
「………でもオレ、食いたくなってきた。おでん」
イルカは思いっきりしかめっ面になる。
「…………………買うなと言ったら買うな」
―――………? 何でそんなに嫌うかな、コンビニおでん。
コンビニの中華まんなら食うじゃんか、イルカも。あれはケースで守られているからいいのか?
明日の朝用のパンと、今夜用のバドワイザーを買ったオレらは、またコロンコロンと鳴るドアを後にして、日の暮れかけた街路に出た。
「なあ」
「何」
「………本当は、何でイヤなんだ? おでん」
イルカは、ちらっとコンビニを振り返って、苦笑を浮かべた。
「………イヤ、と言うかな………あー、もう。いいや。………実は、今仕込んでんだよ、おでん」
「…………ホント?」
ん、とイルカは頷いた。
「味をしみ込ませようと思ってな。午前中、お前が学校行ってる間に仕込んだんだ。…お前、結構好きだろう? あれ。いきなり『今日はおでんだぞ』ってさ、目の前に出してやろうと思ってたんだよ」
―――あ………
あの………つまり、オレを喜ばせようとしてくれた………の?
「なーんだあ、それを早く言えよ〜! コンビニなんかより、お前が作る方が美味いに決まってんだからー! わはは〜、楽しみだー。ありがとな、イルカ!」
んー、オレ、すっげえニコニコしてんだろうなー。
だって、ホントに嬉しいんだもん。
おでんも楽しみだけど、オレを喜ばせようとしてくれたイルカの気持ちがさ。
イルカは呆れたようにオレの顔を見て。
それから、フ、と口元を綻ばせた。
「………お手軽だなあ、お前」
へーんだ。
いいもん、わかってるもんねー、だ。
それがイルカの照れ隠しだってコトくらい。
どうせ、イルカの事だ。おでんの時は、ちゃんと茶飯を炊いているに違いない。
いつもなら、ウマイおこげの部分は争奪戦になんだけど。
今日は、一番美味そうなおこげはお前に譲るよ。
「お手軽で悪かったねー」
オレはぴっと舌を出して小さくアッカンベーをした。
 

 

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食べ物が美味しい季節になってまいりました。
………ウチは、おでんの時はゴハンは茶飯ってのが定番なのですが………
他の御宅でもそうなのかなあ、と思いながら書きました。
炊き込みご飯の時に出来る、おこげ!
アレは美味しいですよねえ………v

(08.10.02)