+++ きせい +++

  

「俺は帰らないから」
カカシはフローリングの床に寝転がったままパリパリとポテトチ
ップを齧っている。視線は床に広げた新聞紙に向けたまま。
「……正月にバイトでも入れたのか?」
「ん…? うん、ああ…うん、そう。店、元旦からやるんだって。
新作のソフト出たばかりだしさ、ガキどものお年玉巻き上げてや
ろーって魂胆だろ?」
ゲームソフトやレンタルCDを扱う店でバイトしているカカシの
セリフはもっともらしかった。けどな、俺を騙せると思ってんの
か? 何年の付き合いだと思ってやがる。
「………正月にバイト入れておいて今まで黙ったのか? そんな
事はしないだろう、お前は。…伯母さんの家へ戻るのが嫌ならウ
チに来ればいいじゃないか」
カカシはパリ、とポテトチップをもう一口齧る。
「……………あっちに帰っておいて、お前の家に入り浸るわけに
もいかないだろ。前の時はまだ紅姉ちゃんにこき使われていたか
らって言い訳もあったけど……それでもよその家の手伝いしてい
たって嫌味言われたしな。どっちにしろ嫌味言われるならあのオ
バハンの顔を見ない方がマシだって」
今年は紅姉ちゃん猿飛センセイとハワイなんだろ? いいねー、
とカカシは笑う。
そう、とうとうマジなお付き合いになったらしいんだな、あの二
人。………いや、姉ちゃんと先生のことなんかどうでもいいんだ。
「俺に一人で帰省しろってか?」
「…だって、お前は帰らなきゃ。ばぁちゃんに顔を見せにさ……
待ってるぜ、きっと」
カカシは俺の眼を見ない。
「ばぁちゃん? 俺一人で帰ったら、『何でカカシちゃん連れて
来ねえんだ!』って怒るぞ、きっと。…ばぁちゃんは、お前のこ
とも可愛いんだ」
クシャ、と髪を撫でてやると、カカシは肩を竦めた。
「んー、お前んちのばーちゃんとか小父さんには会いたいけどな
ー。……どっちかって言うと会いたくない顔の方が多いんだよね、
田舎は。……だから、今年はパス」
コイツの言うこともわかる。
狭い街だ。会いたくない顔にバッタリと出くわす確立は高い。
実家ではたぶん、俺もカカシも当然帰ってくると思っているだろ
う。
俺も実はそのつもりで、コイツの分も切符を買っておいたんだが。
………帰りたくない、というカカシを無理に引きずって帰るなん
て、俺には出来ない。
仕方ないな。切符はキャンセルしよう。
「………わかったよ。じゃ俺もやめる」
カカシは顔を上げる。
「…………え?」
え、じゃねえよ。
「嫌なら無理に帰らなくてもいいさ。お前一人で正月迎えさせた
くねえし」
カカシはガバッと身体を起こした。
「バカッ! オレは一人でも平気だ! お前……お前は帰省しな
きゃダメだろ? 親父さんとばーちゃん二人だけになっちゃうじ
ゃないか! 二人ともお前が帰ってくるの楽しみにしているんじ
ゃないのかっ!」
ああ、可愛いなあ。一生懸命怒鳴っちゃって。
「別に二人っきりにはならんだろ? 他に親戚が皆無ってわけじ
ゃねえんだから。あっちこっちから年始に来るし」
「それでも、ばぁちゃんや親父さんはお前の顔が見たいに決まっ
てんじゃんか! 可愛い孫だし一人息子だしっ! イルカだって
本当は会いたいくせにっ…オレに付き合わなくたって………」
「……うん、まあな。元気な顔を見せるのも孝行のうちだとは思
っている。……あのな、カカシ。お前んちの伯母さんだって、い
つも嫌味ばっか言ってるかもしれないけど、お前が憎いわけじゃ
ないんじゃないか? 可愛い妹の子供なんだから」
「…………………」
カカシは黙る。
大きくなるにつれ、彼女―――カカシの亡くなった母親のお姉さ
んだ―――にはカカシの養育を拒むことも出来たのだという事が
俺達にもわかってきたのだ。カカシが施設に入れられなかったの
は、彼女が自分から『ウチで引き取る』と言い出した為らしい。
ならもう少し可愛がってやりゃいいのに、と俺は思うんだが、そ
こはそれ彼女にしかわからない事情とか葛藤とかあったのかもし
れない。
人の心はそれほど単純じゃないから。
「………ま…オレが、もうちょっと母さんに似てりゃーね………
おばさんもイライラしなくて済んだかもねー……」
カカシは父親を知らない。母親の記憶も殆ど無い。
でも残された写真から、自分が母親に似ていないことはわかって
しまったのだと言う。
カカシはしばらく黙って考えていたが、うん、と小さく頷いた。
「…………正月くらいは帰って、挨拶しなきゃ…………いけない
な。小さい頃から育ててくれて………高校まで行かせてくれたん
だから」
ちなみにカカシは大学の学費は奨学金を受けているので、経済的
な負担は殆どかけていないらしい。
カカシはやっと俺をまともに見た。
「………今から切符、取れるかな」
俺は黙って自分の机の引き出しから切符の入った封筒を出して、
カカシに渡してやった。
「31日。大晦日ギリギリの帰省だ。……ちゃんと伯母さんに連
絡は入れておけよ」
カカシはびっくりしたように切符を眺め、小さな声でありがとう、
と言った。
「カカシ」
「うん?」
「………来年は、正月にスキーでも行こうか。早めに予約入れて」
その場の思いつきで何となく口にしてしまったが、これは案外い
い計画のように思える。
親達にはそういう予定なんだと最初から言っておけばいいんだ。
この際、遊びたい盛りの自分勝手な大学生、というものを演じて
やる。コイツの為ならそれくらい何でもない。
「………温泉のあるスキー場?」
「あったり前だろ?」
「そういうのはいいワケ? イルカ的に」
「ん? うん。……来年はそうしようと思ってるって、今年帰っ
た時に言っておけばいいさ」
カカシは嬉しそうに微笑んだ。
「………来年はスキー場で年越しかあ……いいなあ、それ」
1年先のお楽しみを思えば、今回の苦行(カカシにとって、帰省
はそうだろう)も軽いステップでクリア出来るかもしれない。


あのな、カカシ。
俺はこの先もずっとお前と一緒に年を越して、正月を迎える気な
んだよ。
迎える場所は何処でもいい。
お前と一緒にいられるならば。
一緒にいよう。
俺達は、パートナーなんだから。

いつかお前が、別の未来を見つけるその日まで。
 
 
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毎年毎年、帰省される方は大変だろうなあ、と思いつつ、『田舎』のない私にはちょっと
羨ましい『帰省』。
特に小学生の頃は、『夏休みに田舎に遊びに行く』というシチュがとても魅力的で、憧れて
おりました。
イルカ君たちの帰省先は、九州方面、ということになっております。
ああ、あちらの御国言葉がわかればなあ………イルカにしゃべらせたいっ!
(06.01.02)