+++ ほうしょく +++

  

よくある『もしも〜だったら』のお題にこういうものがある。
『死ぬ前に最後に何が食べたいか』
が、世の中の大半の……いや、殆どの人間は最後に望むものを
口にしてから死ぬ、という事はまず無いだろう。
だからこれは本当にお遊びの質問だ。
実際、これはアカデミーで子供達が休み時間に盛り上がってい
た話題のひとつに過ぎず、俺も小耳に挟んだ時は「またバカな
事を」としか思わなかった。
難しく考えることなどは無い。単に、一番好きな食い物でも答
えておけばいいのだ。
だが、真面目に『死ぬ前に最後に食いたいもの』を考えてしま
うと、あれでもない、これでもないと思ってしまうのは何故だ
ろう。
これは結構難しい質問なのかもしれない。
「ねえ、カカシ先生」
「なんですか〜あ?」
畳の上ででろんと伸びていた上忍は視線だけをこちらに向けて
きた。
何というか、俺の家だからどういう格好で寛いでもいいのだけ
ど、ちょっと気を抜き過ぎと言うか……無防備だなあ。
「…もしもですね、死ぬ前に好きなものがひとつ食えるとした
ら…貴方なら何がいいですか?」
カカシ先生は寝そべったまま転がってこちらに移動し、胡坐を
かいている俺の膝にぽて、と手を載せる。まるで『お手』のよ
うだ。
「イルカ先生がいい」
「俺は食い物ですか? ちゃんと口から入れて咀嚼して嚥下し、
胃に収めるという意味で答えてくださいよ」
マジでそういう意味でも『イルカ先生』とか言われたらどうし
よう。いや、まさかな。
カカシ先生は「う〜ん」と唸って十五秒ほど考えてからニッコ
リ笑った。
「やっぱりイルカ先生………の作った塩むすびがいいです」
ちょっと、やめてくださいよ、そういう微妙な間を入れるのは。
ちょっとドッキリしちゃったじゃないですか……って、ええ?
今何て言いました?
「しおむすび……って、メシを丸めて握って、塩をまぶしただ
けのシンプル握り飯のことですか??」
「ええ。具を考えてたら迷っちゃったから、いっそ何も無い方
が美味いかもって思えて。…その代わり、米も水も塩も最高級
でお願いします。メシはちゃんと釜で、それも五合以上炊くこ
と。少ない量でメシ炊くと美味しくないでしょう?」
具体的にカカシ先生のご希望を想像してみたら、口の中にツバ
がたまってきた。
何だよそれは。すげえ美味そうな気がするぞ。
「………何だか、欲が無いのか贅沢なのかよくわからないリク
エストですねえ」
カカシ先生はふふっと笑った。
「肝心なのはイルカ先生が握ることね。そうでなきゃオレには
意味無いから」
「……わかりました。覚えておきますよ」
それにしても、最後に食いたいものがシンプルな握り飯か。
………何となくわかるような気もするが。世の中、贅沢で美味
いものなんて山のようにある。カカシ先生の経済力なら、何で
も食えるだろう。
山海の珍味でも高級料亭のフルコースでも。
でも、最後に食いたいものは美味い米の塩むすび。

―――……ああそっか、と俺は何だか妙に納得していた。

この人はそういう人なんだな。
「カカシ先生」
「ん?」
「………俺は、あんたにとっての塩むすびですか?」
彼は眼を見開いた。シッカリ開くと、結構デカイんですねえ、
貴方の眼。
蒼い、蒼い眼が俺を見つめてからフッと和んだ。
意味を酌んだらしい。
「……………かもね。オレは、贅沢者だから」
「あいにく、米も水も厳選されておりませんが?」
「あっはっは。米や水にはねえ、自分が最高級品だって自覚な
んか無いですよ。……でもね、食った方はわかるから」
「…食った人間が悪食の可能性もありますがねえ……」
「嗜好の問題かもしれないけど。……でもオレ、舌は肥えてる
方よ?」
カカシ先生は上体を起こし、俺にくちづけてきた。唇で唇を食
む様に味わい、舌先で舐めてからやっと離れて。
「……美味い」
「そうですか? ならいいのだけど」
……こういう誘われ方をされたら、乗るのが礼儀だよな。(違
うか?)
俺は畳に転がっている恋人の服をひっぺがしにかかった。


一戦交えた後、まだ行為の余韻を濃く残した声でカカシ先生は
思い出したかのように俺に質問をぶつけてきた。
「イルカ先生のご希望も聞いておかなきゃ。アンタは何がいい
んです? 最後の食い物」
それはねえ、カカシさん。あんたを抱いていると俺これしか思
い浮かばなくて。
何度考えても同じ結論が出ちゃったんですよね。
「………俺、カカシ先生がいいです」
「…………………………口から入れて咀嚼して嚥下するんです
か? オレを」
俺は天井を見上げて笑い、その顔のまま彼の頬を撫でてやった。
「それもいいですけど」
……って…あれ? 本気にしました? 鳥肌立ってますよあん
た。正直な人だな。
「……何にも食えなくていいんです。…ただ、最後に貴方とキ
スしたいなって思ったんですよね。最後に貴方のこの唇を味わ
ってから死ねたらいいと………」
カカシ先生の顔色と表情が面白いように変化した。
「……ちょっとソレって! あんな顔されたらすげえ怖いでし
ょっ! …いや、そーじゃなくてっ……その答えは反則! オ
レだってそれがいいですよ! もーいっつもそうなんだからー
っ! ずるいよイルカ先生!」
ワンパターンだと自分でも思うけどな。
駄々っ子モードのこの人を宥めるにはこれが一番有効なんだか
ら仕方ない。

ずるいずるいと子供のようにくってかかってくる恋人を抱き締
めて、俺はその汗に湿ったこめかみにくちづけた。


 
 
 
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『イルカ先生BD企画・小ネタ3本勝負』第三弾。
結局三本とも食べ物が出てくるのね………あうう。書いててお腹すいちゃう。(笑)
最後に食べたいもの。自分だったらな〜、と結構マジメに考えたんですが。
これがなかなか浮かばなくて。
そういう時に好きなものが食べられるわけ無いと思うんだけど、最後に食べたのがカップラ
ーメンとかだったら寂しいような気がするなあ。それも運命ですが。

人生の中で「これは美味しい! 生きてて良かった!」って思えるようなものを食べたことが
一度でもあれば、(それが高級品じゃなくても)幸せなことだと思います。
それは人との出会いにも似ているような気が。


それにしてもこういう設問で反則回答をするのはいつもイルカ先生の方だったりします。(笑)

(05.05.28)