+++ はつたいけん +++

  

よくこんな貧相なケツでガキが産めたもんだ。
経産婦ってのは、もっとどっしりと『かーちゃんらしく』なるも
んだと(今まで周囲の女性を見ていて)思っていたが、どうやら
コイツは例外だな。
―――と、目の前で前屈みになってガキの世話をしているカカシ
のケツを見ながら、俺は女性の神秘について感慨深く考察してい
た。
「………ちょっとアスマ」
「あん?」
「ヒトの尻、じろじろ見てんじゃないよ。スケベ熊」
「んじゃ、ヒトにケツ向けてんじゃねえ……っと、危ねーな」
器用なヤツだ。前向いてガキの世話しながら、背後の俺の顔面に
正確な後ろ蹴り。
そのスピード、鋭さからみて、マジだったに違いねえ。大方のヤ
ツなら、まともに鼻っ柱に喰らってただろう。俺は寸前避けられ
たが、それは俺がヤツの反応パターンをある程度知っていたから
だ。
どうしてこんな乱暴なヤツが、亭主の前でだけは『可愛い女』に
変身しちまうんだか。
これも女性の神秘ってか?
お前絶対騙されてるぞ、イルカ。
「いや、相変わらずちっせえケツだな、と思ってただけ………だ
からすぐ拳に訴えるな! いーだろうが、でかいケツって言われ
てえのか?」
カカシはふと真面目な顔で考え込んだ。
「ん? ………どっちがいいんだろ。…ねーアスマ」
ケツの大きさの話か? ンな事俺に訊くな。
「どっちでもいーだろ。イルカはお前のケツや胸がアカデミーの
ガキ並でも許容範囲だったんだろう? でなきゃ、そいつが生ま
れるわけねえんだから。それでいいじゃねーかよ、面倒くせえ」
「アカデミーのガキ並は余計だ、クソ熊」
「………お前、その口の悪さ何とかしろ」
カカシはツン、とソッポを向いた。
「…あんた限定だもん。その顔見てると、言葉が悪くなるの。言
葉って、自然に相手に応じた言い方になるもんじゃない」
―――可愛くねえ。
イルカとケンカして泣きついて来ても、慰めてなんかやらんから
な。(もっとも、コイツらが今までケンカらしいケンカなぞして
いるのを見たことはないが)
「子供ってのは、親を見て育つんだぜ? お前、チドリが下品な
口しかきけない男になってもいいのか?」
うっ、とカカシは唸った。
「そ…っ…それは困る………」
「んじゃ、普段からもーちっとお上品な口の利き方するんだな」
カカシは顔を赤くしてむーっと口をへの字に曲げる。
「元はと言えば、アスマが悪いんだ! ヒトのケ…じゃない、お
しりなんかジロジロ見るから!」
「…や、俺は単に、こんなちーせえケツ…いや、細腰でよく赤ん
坊なんて産めたもんだと感心してたんだぜ? 女ってのは不思議
だなーって、よ」
実際、カカシの腰つきを見ていると、この細い身体でどうやって
それなりに大きく育った胎児を産むことが出来たのかと思う。
カカシの顔からすうっと表情が消えた。
………いかん。これは危険サインだぞ。俺、なんかマズイ事言っ
たか?
「………男はいいよねえ………気持ちよくヤる事やるだけでさあ
………」
いや、お前孕ませたの俺じゃないからっ! 亭主に言え、そうい
う事は!
「あのねえ、アスマ。………生理が無いってだけでも男は天の神
様に感謝すべきなんだよ。大抵の女は毎月、程度の差はあれど辛
い目にあうの。………妊娠なんかした日にゃ、悪阻だなんだ、色
々と何ヶ月も我慢して。…んで、いざ産むとなればスッゲー痛い
のよ? …わかる?」
わかんないよねえ………と呟きながら、カカシはユラリと立ち上
がった。
マズイ。ヤバイ。危険だ。
………逃げた方がいい、と頭の中では思うのに、足が動かねえ。
しまった―――コノヤロ、写輪眼開いてやがる。
おい、いつの間に左眼の封印解いたんだよ! 聞いてねえぞ。
「ま、こっちも男の生理的な問題なんざ理解しちゃいないんだか
ら、お互い様なんだけど。………この問題に関しちゃ、不公平だ
なーって、オレ思うのよね」
この問題って………妊娠、出産か?
「不思議だな〜、で簡単に片付けられたら………なんか腹立つん
だわ」
「いや、それだけじゃ…大変そうだとは思うけど、しょーがねえ
だろコレばっかりは! 男に子供は産めないんだから!」
カカシは冷ややかな笑みを浮かべた。―――剣呑過ぎる。
「………じゃ、教えてあげる」
―――ぅえ?
「子供産む時、どんな思いをするのか………たっぷりと教えてあ
げるよ」
しまった! 幻術………ヤツの眼を見たらマズ………

うわあああああああ!

―――たぶん、実際の時間にして数秒の事だったんだろう。
幻術ってのはそういうもんだ。
だが、俺はご丁寧に悪阻の苦しさから、陣痛、分娩の痛み等々、
フルコースたっぷりと味わうハメに。

………打ちのめされた。|||


痛みにも色々と種類がある。だが、何だこれは。
初体験な種類の痛み云々プラス、メンタル的なショックが大きく
て、俺は思わず呻いた。
ああ、幻術使いの前で、迂闊なコトを言ったらいかん………
(しまった。紅も幻術使いだ。気をつけねば)
カカシのヤツも、今までこんな報復行動に出たことはなかったの
に。よほど、腹が立ったんだろうか。
それにしても凄い攻撃だ。拷問に近い。
これをやられたら、大抵の男は撃沈したまましばらく浮上出来ま
い。
脂汗を浮かべて、蒼白になって(いるだろう、多分。自分でわか
る)うずくまった俺に、カカシは「わかった?」とにこやかに言
葉を投げかけた。
無言で頷く俺に満足げに彼女は微笑む。………悪魔かお前は。
この痛みを経験していながら、二人目、三人目を産む世の女性達
は本当に凄い。偉い。
………強えなあ………女ってのは。
だから大抵の亭主は、女房のシリにしかれるんだな。
脱力して縁側に転がった俺の腹の上に、よちよちとハイハイして
きたチドリが嬉しそうに乗っかってくる。
「…あのな、チドリ坊、おじちゃんはお前を出産したばかりだか
らな? 安静が必要なんだよ」
お願いだから腹の上で跳ねないでくれ。
(キモチ的になんかツライ)
だが、俺のセリフに反応したのはカカシの方だった。
「…………え?」
「だろ? 今のは、お前がコイツを産んだ時の体験なんだろーが」
だから俺は今、この坊主を産んだに等しいはず。
ざあっとカカシは蒼褪めた。

「うわあぁあっ!! アスマがイルカ先生の子供
産んだみたいで嫌―――ッ! 忘れろっ! 今す
ぐにィィィィッ!!」

ははは、そりゃキモチ悪い話だ。………でも無理だっつの。
俺は深々とため息をついた。
「………なら最初からやるな、アホ」
 
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男が子供産んだら、その痛みに耐えられなくて死ぬっていう説を聞いたことがありますが。
アニメの『地球へ…』見ていた時に、ミュウの女の子が自然分娩に挑戦。テレパシー能力のある
彼らは、その出産時の苦痛を(男性も)共有するハメになる、というシーンがありまして。
………これはイイ、と。
子供産むってのがどれだけ大変なことなのか、男も、実感できれば心構えも変わるんじゃない
かと思ったりして。(生理痛とかも体験させてあげたい。(笑))
気軽に「堕胎しろ」なんて言う様な男には特に是非体験して欲しいものだと思います。
―――今の人類はミュウじゃないから、無理ですが。残念です。
ああ、全然七夕に関係ない話を書いてしまった………;;
(07.07.07)