+++ ぎねす +++
「イルカ先生、マイダーリン」 語尾にハートマークが付いているような、甘ったるい呼びか けに俺は警戒モードに入った。 「何でしょうか、マイハニー」 そこで噴き出さんで欲しい。 ダーリンと呼ばれたらハニーと返せ、とそれはそれはしつこ く言い含められているのだ。 ………正式に俺の伴侶となった上忍(男)に。 後生だから、その呼び方は家の中だけにして欲しいと懇願し たら、『ダーリンに対してハニーと返すコト』を絶対条件に 了承してくれたのである。 ちなみに、彼がこういう浮かれた呼びかけをしてくる場合、 ロクでもないことを言い出すその確率、八割。 警戒するに越したことは無い。 「あのね、今度一風変った競技大会があるんですよ。優勝賞 品が結構魅力的なんです。…ねえ、出ません? 一緒に」 「………一緒? 二人一緒に?」 ―――何の競技だ? 上忍は頬赤らめて頷く。 「だって、一人じゃ出られないんですよ。必ずペアで。…… …オレ、アナタ以外のペアなんて考えられないしっ」 ………ノロケになるかもしれないが、このオトコの反応や仕 草は、結婚して同居するようになってから、所謂『婚前のお つきあい』をしていた頃よりどんどん『可愛く』なってきて いる………と思う。 彼曰く、『結婚して愛が深まった』のだそうだ。 ………そう言われて悪い気はしないし、俺の方だって一緒に なってから、この人に対する気持ちは深くなった気がする… ……のだが。 いや、彼はもっとクールな人かと思ってたんで、びっくりだ。 「ペアで何をするんです? 二人三脚障害物レースですか?」 「イルカせんせの発想って健康的ですねー。…うん、そうい うのもいいですけど、一風変っているって言ったでしょ? その競技では、肺活量と度胸が要求されるのです。…アナタ、 どっちも自信あるでしょ?」 「………肺活量はそこそこ自信ありますが、度胸はどうでし ょうね。…だから何の競技なんです?」 『写輪眼のカカシ』と結婚するのは、ある意味相当な度胸が 要ったが。何せ、年上で上忍でしかも男だ。 その年上で上忍で男の、俺の『妻』はニコニコと競技種目を 告げた。 「水中耐久キス、です」 「………は?」 ―――早口言葉? 「つまり、水に潜った状態で、一番長くキスをしていたカッ プルが優勝する競技です」 俺は絶句した。 ………ただ水に潜るだけならいい。 その状態で、キス? ………こ、この人と? 競技ってコト は、人前でするんだろ、そのキス!!! いくら正式に結婚しているからって、それはちょっと――― 「マジですか、カカシさん」 「マジですよう。オレも、潜水ならちょっと自信あるし!」 「俺は、度胸の方の自信がありませんので、申し訳ありませ んが辞退申し上げます」 カカシさんはいきなり「ふふふっ」と笑った。 「………そう言うと思っていましたよ。けどね、聞いて驚け です。…優勝賞品は、この秋オープンする大型クアハウスの 年間パスポートに、老舗高級旅館の三泊四日宿泊券、トドメ は十日間の有給休暇なのです! もちろん全部二人分ね」 ………すみません、断ったそばから相当揺らぎました。すん ごく魅力的です、ソレ。 それが顔に出てしまったらしい。 カカシさんは俺の肩を叩いて、ガイ先生のようにグッと親指 を立てる。 「………一緒に出てくれますよね?」 ああ、俺の軟弱者。 人前でキスっていうのは、物凄く恥ずかしいし、抵抗がある。 しかし、『競技なのだから』仕方ないと考えることも出来る ―――よな? そうだ、俺とカカシさんは夫婦なのだから! キスくらい当然するんだよ、うん。 ………と、自分を無理矢理納得させ、俺は引き攣った笑みを 浮かべながら、ぎこちなく親指を立てたのだった。 ◆ が、結局俺達はそのオイシイ賞品が出る競技に参加しなかっ た。 彼に任務が入ってしまったとか、そういう理由ではない。 イザとなったら、俺ではなくカカシさんが恥ずかしがってし まって、「やっぱりやめましょう」と逃げたのだ。 やっぱアレだな、『ちょっとやってみましょう』という事に なって、風呂で練習してみたのがまずかったらしい。 (ウチの風呂はでかいのだ。オレが風呂好きと知ったカカシ さんが、大人が4〜5人は一緒に入れそうな風呂に改装して くれたので) 浴槽いっぱいに水を張り、せーので潜って俺は彼を抱き寄せ て唇をふさいだ。 へえ、水の中でキスって結構難しいなあ、とか、でも面白い なあとか思いながら、離れないようにしっかりとカカシさん の首と腰に手を回し、肺が苦しくなる限界まで頑張った。 息が苦しくなったのは、ほぼ同時くらいだと思うのだが、水 から出たカカシさんの顔は真っ赤だったのだ。 苦しかったのだろうかと心配して訊いたら、違うと首を振る。 でも赤くなって涙目で。 ………あ。 もしかして、この人『感じて』しまったのだろうか。 家だし、風呂場だし、と素っ裸でやったのも一因だろうけど。 (ちなみに競技は着衣のままで潜るそうだ。当たり前だな) もう一度練習しますか? と訊いたら激しく首を振って「も ういいです」とますます赤くなった。 本当に、可愛い人だ。言われなくても『ハニー』と呼びたく なるほどに。 水中でキスして人前で『感じる』のが怖くなったのだろう。 カカシさんは、「やっぱり………」と尻込みし、俺は俺で彼 があんなに可愛くなっている状態を他の人間に見せたくはな いので「そうですね」と同意したのである。 有給休暇も、老舗旅館も魅力的だったけど、そんなものはど うでもいい。 ねえカカシさん。 新しいクアハウスのオープンって、アナタの誕生日なんです よ。 新しくて綺麗で広い風呂に入って、美味しいもの食べて。 お祝いしましょうね、ふたりで。 そして、ブレス無しのキスの記録は、二人だけの秘密となっ たのだった。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ えーと、このお二人は里公認の正式な『夫婦』です。野郎同士ですが。 (パラレルの『幸せの法則』をご参照くださいませ) お子さんは、まだのようです。(笑) しかし、何故水中耐久キスなんて、そんな競技大会が開かれるのかはナゾですね。 ………里も娯楽が少ないから……… カカシ先生BD記念小ネタでした v (06.09.15) |