+++ ふぁーざーずでぃ +++
「なあなあ」とカカシが何気ない口調で訊いてきた。 「何だ?」 「あのさー、お前さ、父の日って何かしてる? …おじさんに」 ―――父の日。 「………いや、別に? 俺が親父に何かするのは、親父の誕生日と、正月だけ。…あの父の日ってのも確か、発祥はアメリカかどっかだろ? クリスマスは異国の宗教行事だって言って、ケーキもプレゼントも無しだった人だぞ? やっぱり外国から入ってきた記念日みたいなものに便乗したプレゼントなんて、いらんとか言いそーだし」 そう答えてやると、カカシは「そっかー」と黙り込んだ。 ヤツの手には新聞チラシ。 『父の日特集』という字がチラッと見える。………ああ、なるほどね。 カカシが今、お父さんの方に気持ちが行っているのは仕方ないし、そこで俺が悋気をおこすのは筋が違う。第一狭量過ぎてカッコ悪いよな? 「………贈ったらいいじゃないか」 「え?」 「お父さんに。………元々は日本の習慣じゃないって言っても、最近は日本でも一応、父の日ってのが定着しつつあるだろ? ………これもまあ、販売戦略に利用されているだけ…と言えなくもないが。要は気持ちじゃないか。…喜ぶんじゃない? サクモさん」 カカシは赤くなって小さく頷いた。 「…でもさ、何を贈ったらいいのかなあ。………これまでのオレの人生では、自分と全くの無関係行事だったしさ〜………」 ん、まぁそーだな。 カカシにとって、『母の日』とか、『父の日』なんて、傷つくだけの日だったはず。 幼稚園や小学校で、『お父さんの絵を描きましょう』なんて言われたって、カカシにしてみれば見た事の無い動物を描けと言われたに等しかったはずだ。 子供の頃一度だけ、おばさんにカーネーションあげてみたら? って言ってみたら、カカシは首を振った。 そんなこと、出来ないって呟いて。 カカシの感覚では、彼女らはあくまでも伯母と義伯父であり、親じゃなかったから。 親じゃないヒトに、そういう真似をするのは気が引けたらしい。実の子でも無いのに図々しいって思われるのが怖かったという。 悲しいことに、ガキっていうのは、時々気を遣う方向性を間違える生き物だから。 感謝してたんなら、素直にそう言えば良かったのだと気づいたのは、結構デカくなってからだったのだそうだ。 ガキの頃にやれば、可愛い微笑ましい振る舞いだったろうに。今更恥ずかしくて出来やしねー………なんて、ほざいている。 やっぱバカだ、コイツ。 まあ、物事にはタイミングってモノもあるんだろうけど。 「んー、好みわからんもんな。………あ、扇子とかどうだ? 日本っぽいし、使えるし、送りやすいだろ。かさばらないから」 おお、とカカシは手を打った。 「扇子か! いいねえ。さすがイルカ!」 いや、単に『外国人に贈ったら喜ばれそうな和モノ』を思い浮かべてみただけなんだが。 カカシの父親のサクモさんは、自分の息子が生まれていたことすら知らずに今まで来てしまった、気の毒な人だ。 偶然が重なって奇跡のようにめぐり逢えた息子を、全身全霊で愛そうとしているのが、傍から見ていてもわかる。 カカシが『父の日』の贈り物をしたら、きっと彼はとても喜ぶだろう。 カカシは何となくソワソワとこっちを見上げてきた。 「あのさ、それじゃさ、買いに行くの付き合ってくれない? …ああいう売り場、一人で行くの苦手でさ。…店員寄ってくるから」 「いいよ。………じゃあ、今年は俺も親父に何か送りつけてやろうかな。………ビールのセットとか」 プッとカカシは噴出した。 「イルカ〜、それじゃお中元だよ」 「…かな? まあ、贈り物なんて相手が喜ぶのが基本だから。問題ない」 ………だよな? そうじゃないか。結局は相手の気持ちが肝心なんだから。 親父のことだから、可愛くない事をブツクサ抜かしそうだが、息子から父の日にビールが送られてきたら、悪い気はしないと思うんだよな。 『父の日』のプレゼントを選びに行くなんて、コイツにとっては初めてのことだ。 たぶん、カカシはそういう『初めてのこと』を楽しんでいるんじゃないかな、と俺は思うわけで。 なら、出来るだけ、そういうのを応援してやりたいと思う。 いや、マジで。
その後、カカシはパソコンで何やら調べ、『ドイツの父の日って5月だーっ! 終わってるー!』と悲痛な声で叫んだ。
|
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 父の日記念。 そういえば、ちゃんと生きているはずのイルカ君のお父さんがまだ一度も登場していませんね。 うみの父・上京編。………ネタが浮かんだらということで。 (09.06.21)
|